『ある告発の解剖』に注目!『アリー my Love』脚本家が今も放つ傑作群、その魅力を解剖
新しい女性の生き方を刺激的に提示した『アリー my Love』の大ヒットから四半世紀、法廷ドラマを得意とする脚本家・デイビッド・E・ケリーは、今も第一線で活躍中。2022年にNetflixで配信のはじまった『リンカーン弁護士』『ある告発の解剖』を中心に、ゲーム作家の米光一成さんがデイビッド・E・ケリー作品の魅力を紹介し、おすすめします。
大ヒットドラマ連発、デイビッド・E・ケリー
アメリカの最も偉大なドラマ製作者は誰だろうか? 喧々諤々の議論になるだろうが、候補として当然出てくるのはデイビッド・E・ケリーだろう。
エミー賞、ゴールデングローブ賞を受賞し、日本でもNHKで放送され大ヒットした『アリー my Love』の製作者だ。
1980年代、法律ドラマ「From the Hip」、そして大名作『L.A.ロー 七人の弁護士』で脚本家デビュー。1992年、現在配信で観れないのは罪としかいいようがない超名作『ピケット・フェンス』の脚本&プロデュースを手掛け、その後も数々の名作を生み出している。
アメリカのテレビドラマ制作の中心人物はショーランナーと呼ばれる。製作総指揮として全体を仕切り、企画を売り込み、脚本家チームをまとめる。「ショーランナー」という言葉がまだ知られてなかった時代に、スターショーランナーとして注目されたのがデイビッド・E・ケリーだ。
驚くべきことに1986年に脚本家デビューして、まったく途切れることなく作品を生み続け、『シカゴ・ホープ』(1994)『ザ・プラクティス』(1997)『アリー my Love』(1997)『ボストン・パブリック』(2000)『ボストン・リーガル』(2004)『ビッグ・リトル・ライズ』(2017)など、ヒット作を連発。
2020年代に入っても、ニコール・キッドマン主演の心理スリラー『フレイザー家の秘密』(2020)、私立女子高校バスケットボール部の鬼コーチをジョン・ステイモスが演じる『ビッグ・ショット!』(2021)、謎めいた癒やし施設に集まる人々を描いた『ナイン・パーフェクト・ストレンジャー』、巨大企業と戦う弁護士を描いた『弁護士ビリー・マクブライド』など、矢継ぎ早に作品を発表し、ヒットさせている。
そして2022年になっても、その制作エンジンは止まらず大傑作を連発している。今回は、デイビッド・E・ケリーの法廷ドラマを3作品、紹介しよう。
『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』:第1話から傑作中の傑作
もし、不運にもデイビッド・E・ケリーのドラマにまだ出会ってない人は幸運だ。いまから膨大な傑作が観れるのだから。その最初にオススメしたいのが『ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル』(1997〜2004)。現在、Amazon Primeで配信中で、シーズン1の「1. 罪なき被告人」は無料で視聴できる。もちろん全エピソード面白いのだが、この第1話から傑作中の傑作、独立したエピソードとして鑑賞も可能だ。
ボストンの小さくオンボロの法律事務所が舞台。リンジーは、大企業のタバコ会社の訴訟を進めている。が、大企業のタバコ会社を弁護するのはロースクールの恩師。取り引きを持ち出されて困惑している。エレノアは露出魔の男の弁護。ユージーンは仮釈放を取り消された男や嘘つきの偽造小切手使いのケースを扱っている。
さまざまな事件が同時進行し、法律事務所の個性的なメンバーを活写する。そして、リーダーのボビー・ドネルが手掛ける事件が、第1話の軸となる。
警察が踏み込んできたときに兄をかばってドラッグを隠してしまった少女を弁護している。ドラッグの大量所持で有罪なら15年の刑となる。ボビー・ドネルは、少女の無実を確信しているが、圧倒的に不利な状況だ。
ボビーは、検察が提示する「罪を認めれば4ヶ月の刑に」という取り引きを少女に勧めるが、少女はこれを「罪を認めたら自分にウソをついたことを一生許せないわ」と拒否する。「無実の人間の弁護は悪党の弁護よりもずっと怖い」と吐露し、「明日一世一代の弁論ができなかったら17歳の子がすべてを失う」と同僚に語ったボビーの一世一代の最終弁論をぜひ観てほしい。
デイビッド・E・ケリーらしさがぎゅっと詰まっているので、『ザ・プラクティス』第1話を気に入ったら、ぜひ他のエピソード、他の作品にも手を伸ばしてほしい。
『ザ・プラクティス』
出演:ディラン・マクダーモット、スティーブ・ハリス、ケリー・ウィリアムズ 制作総指揮:デイビッド・E・ケリー
『リンカーン弁護士』:世界90カ国でトップ10入り
デイビッド・E・ケリーは、2022年、Netflixに2つの作品をぶっこんできた。そのうちのひとつが『リンカーン弁護士』(シーズン1は全10話)。マイクル・コネリーの『真鍮の評決』(講談社文庫)をベースに、デイビッド・E・ケリーが制作総指揮・脚本。
配信されてすぐに世界90カ国でトップ10入りを果たし、グローバルトップ10にも長く留まり、シーズン2の制作も決定した。
主人公のミッキー・ハラー(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)が、浜辺でぼんやりしている。スマホが鳴り、「2番めの妻(Second Wife)」と表示される。電話に出る。タイトル後の40秒で、主人公がどういう人物でどういう状態かを手渡す導入の巧みさはさすがデイビッド・E・ケリー。
「リンカーンに乗って。リンカーンはあなたの一部でしょ。自分を取り戻せるわ。自信満々のミッキー・ハラーで行ってよ」と2番目の妻から言われ、支度する短いカットの連続の合わせて音楽がドン!と入って、倉庫のリンカーンに乗る。スマホが鳴る。表示「最初の妻(First Wife)」に出ると「ヘイリー(娘)との約束は今夜の6時よ。遅れないで」。
会話の流れで電話を切ったあと一番目の妻が「有罪ね」とつぶやいて、リンカーンの「NTGUILTY(無罪)」というナンバープレートが映し出される。ここまででタイトル後およそ3分のテンポ!
小気味いいテンポでありながら、裁判の経過の様子はじっくり描く。ゲーム開発者エリオットの事件が全10話の大きな物語として描かれて、陪審員をどうやって選ぶか、裁判はどのように進んでいくのかが、しっかり判る。そのうえ、後半は、予想できない展開のツイストの連続で目が離せない。
『リンカーン弁護士』
出演:マヌエル・ガルシア=ルルフォ、ネーヴ・キャンベル、ベッキー・ニュートン 原作・制作:デイビッド・E・ケリー
『ある告発の解剖』:「権利、真実、同意の境界線」の問題
デイビッド・E・ケリーが2022年Netflixに投入したもうひとつの作品が『ある告発の解剖』。ベースは、MeToo運動とシンクロして大ヒットしたサラ・ヴォーンのベストセラー小説『Anatomy of a Scandal』。『ビッグ・リトル・ライズ』『フレイザー家の秘密』の流れを組む最新作、全6話のリミテッドシリーズ。
大統領と親しいジェームズ・ホワイト大臣と、補佐官オリヴィアは不倫関係にあった。そのオリヴィアが、ジェームスのことをレイプで告発し、ドロドロの法廷対決になっていく……。
ドラマの巧みなところは、ジェームズ・ホワイト大臣が裁判上は有罪なのか無罪なのか最後まで判らないギリギリのラインを突くところだ。訴えたオリヴィアは、ジェームズのことを愛していたと言い、エレベーターの中で情熱的なキスをしたときには「性交渉」に同意していたと言う。だがその後、ジェームスが下着を剥ぎ取り破った時には「ここじゃダメ(Not here)」と言い抵抗したと証言するのだ。
ジェームスの妻ソフィーは、大臣の良き妻として法廷にも出席し、苦悩しながらも夫を支えようとする。検察官のケイト・ウッドクロフトは、ジェームズの有罪を確信し、秘密を抱えながら裁判を進める。そして、ジェームズは自分自身が潔白だと信じている。
このドラマが恐ろしさを増してくるのは、裁判が進み真相だと思われる像が形成されるのとあわせて、フラッシュバックの場面でそれぞれの登場人物の視点による過去が組み上げられてまた別の真実が見えてくるところだ。性暴力の問題を単純化して声高に告発するドラマではない。「権利、真実、同意の境界線」の問題として深く切り込んだ問題作に仕上がっている。
『ある告発の解剖』
出演:シエナ・ミラー、ミシェル・ドッカリー、ルパート・フレンド 原作・制作:デイビッド・E・ケリー、メリッサ・ジェームズ・ギブソン
デイビッド・E・ケリー作品は、これからも期待できる。
『リンカーン弁護士』のシーズン2制作が決定、犯罪ドラマ『Love and Death』やスティーブン・キング原作『The Institute』などいくつかのドラマ制作も予告されている。さらに『L.A.ロー 七人の弁護士』リブート企画も始動しているらしい。
文/米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。