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『新婚さんいらっしゃい!』出演者を傷つけず無言で突っ込む桂文枝の“イスコケ”は山瀬まみの適格なフォローで完成した伝統芸能だった

 1971年放送開始、昨年50周年を迎えた『新婚さんいらっしゃい!』(朝日放送テレビ)の新MCが発表された(2月1日)。長寿番組のMCを引き継ぐのは藤井隆&井上咲楽。桂文枝&山瀬まみコンビのテクニックの凄さを、新MCへの期待を込めて、テレビウォッチャー・北村ヂンが振り返ります。

これ以上は考えられないほどの絶妙なキャスティング

 この春で桂文枝&山瀬まみが勇退することが決まっている『新婚さんいらっしゃい!』。新MCを藤井隆&井上咲楽が務めることも発表され、おおむね好感を持って迎えられているようだ。

 桂文枝(吉本興業)→藤井隆(吉本興業)。山瀬まみ(ホリプロ)→井上咲楽(ホリプロ)という大人の事情をキッチリ踏まえてはいるものの、確かに桂文枝→藤井隆というのは、これ以上は考えられないほどの絶妙なキャスティング。発表された際、「ここがあったかー!」と感心してしまった。
 井上咲楽とのコンビネーションは未知数だが、日曜お昼に安心して見られそうな、リニューアル後の放送が楽しみになる組み合わせだ。

長寿番組のお約束を継承するかどうか問題

 で、気になってくるのが、お約束をどこまで継承してくるのか問題。長寿番組が世代交代する際、長年かけて培われてきたフォーマットをそのまま引き継ぐのか、過去は葬り去って新たな色に染めていくのか難しい判断を迫られることになる。

 昨年9月に46年の歴史に幕を閉じたかと思ったら、先日、BS放送での復活が発表された『アタック25』でいうと、「アタックチャンス」コールがお約束ということになるだろう。

 クイズ終盤の大逆転チャンス「アタックチャンス」前に繰り出されるコール。放送開始以来、長年にわたって総合司会を務めてきた児玉清の場合は、「アタックチャァ〜ンス」と、後半にかなりねばっこいアクセントをつけていた。

 児玉の入院・休養に伴い、臨時総合司会となった浦川泰幸アナウンサー(後に正式に2代目総合司会となる)は、味付けなしの「アタックチャンス」でちょっと物足りなかった。

 3代目総合司会となった谷原章介は、「アターックチャンス!」と前半は引っ張りつつ、後半はスパッと元気の良いコール。いずれも片手を握りしめる例のポーズは継承しつつも、コールでは独自色を出していた。博多華丸がモノマネをやりすぎたせいで、児玉清に寄せづらかったという事情もありそうだが……。

奥深すぎる文枝のイス(椅子)コケ・テクニック

 さて『新婚さんいらっしゃい』におけるお約束といえば、「いらっしゃ〜い」コールと、イスコケということになるだろう。

 文枝のモノマネをする場合、高確率で引用される、独特なイントネーションの「い↑ら↓っしゃ〜→い」コール。

 オープニング&出場カップルの呼び込みであれを聞かないと『新婚さん』感が出ないというくらい、番組イメージを決定づけているコールだが、さすがにモノマネで繰り返されすぎている。藤井隆があのイントネーションを踏襲するかどうかは悩ましいところだろう。

 そしてイスコケ。

 トーク中、出場カップルが変なことを言ったり、露骨な下ネタが飛び出したときに、文枝が椅子ごと転げ落ちるネタ。イスコケが出なかった回では、カップルが「コケてくれなかったね」と残念そうに帰ることもあるという、「いよっ、待ってました!」な伝統芸能的お約束なのだ。

 コールほどはモノマネ感も出ないため、後継者も取り入れやすい要素ではあるだろう。しかしイスコケは、ただ椅子から転げ落ちればいいわけではない。奥深いテクニックが隠されているのだ。

 2021年3月にはイスコケだけにスポットを当てた「イスコケ徹底解剖SP」なる特番が放送されている。

 それによると、イスコケの発祥は1977年7月。出場カップルのトークに爆笑した当時のアシスタント・梓みちよが、文枝(当時は三枝)を突き飛ばして、椅子から転げ落としてしまったのが最初だったという。これが予想外にウケたことから定番化していったようだ。

 文枝はイスコケについて、「ズッコケることで笑いを誘うだけではなく、適度にトークの間を作り、言葉で突っ込むとキツくなる場面でも無言で突っ込むことができる非常に有効な手段である」と語っている。

 出場カップルは基本的に素人。自主的に言っているのか台本があるのかは分からないが、しばしば「気付いたら上にまたがっとったんじゃ~」や「私、感じやすいからぁ〜」的な、突っ込まずにはいられないトンデモ発言が飛び出している。

 これを芸人ノリで強く突っ込んでしまうと素人には受け止められないし、以降のトークが萎縮してしまうことだろう。その点イスコケは、素人を傷付けることなく突っ込みと同様の効果を得ることができ、なおかつトークを仕切り直すことができるのだ。

 長年、イスコケを一番近くから見続けてきた山瀬まみによると、文枝はただコケているのではなく、シチュエーションに応じて適切なスピードを演出しているのだという。スコーンとひっくり返るときもあれば、椅子が斜めになった状態で踏ん張り、しっかりとカメラに表情を見せてからおもむろにひっくり返ることもある。そのスピードは変幻自在なのだ。

文枝&山瀬のコンビネーションにどこまで迫れるか

 そして忘れてはならないのが、イスコケはアシスタントとのコンビネーションも非常に重要だということ。

 文枝がイスコケしたシーンをよく見ると、山瀬まみがすぐに立ち上がり、転がった椅子を回収しに行っている。

 迅速に椅子を元の位置に戻し、靴が脱げていればはかせてやり、転がった後にほふく前進をはじめるなど、余計なボケを付け加えてきたら「オイオイ!」と強めに突っ込む。やりたい放題の文枝を介護するように、的確にフォローしているのだ。
 
 山瀬と文枝が座り位置を入れ替え、山瀬がイスコケ役を務めたこともあったが、イスコケの魅力がまったく発揮されていなかった。山瀬のコケ方がうまくないというのは大前提としてあるものの、コケ終わった後、いつまでも椅子が転がっていて、トークに戻るまでのテンポが崩れてしまったのもその一因だろう。

 イスコケは決して文枝の一人芸ではないのだ。

 藤井隆&井上咲楽のコンビは、出場カップルのエピソードを的確に引き出すトーク力に関しては問題ないだろう。それに加え、文枝&山瀬のフォローし合いながらも、しっかりと突っ込みも入れられる、熟年夫婦のようなコンビネーションにどこまで迫れるかがリニューアルの成否を占う試金石となりそうだ。

 ちなみに山瀬まみは、トーク中は基本的に聞き役、うなずき役に徹しているが、例の「いらっしゃ〜い」コールでは自我を出している。文枝の「い↑ら↓っしゃ〜→い」に迎合することなく、かたくなに「い↓ら↑っしゃ〜→い」イントネーションを守り続けているのだ。

 このくらいの関係性がいい緊張感を生み、長寿番組を作ってきたのではないだろうか。

 藤井隆&井上咲楽コンビの「いらっしゃ〜い」初鳴きがどんなイントネーションになるのか。まずはそこに注目しよう。

文とイラスト/北村ヂン

北村ヂン

1975年群馬県生まれ。各種おもしろ記事でインターネットのみなさんのご機嫌をうかがうライター&イラストレーター。……といいつつ最近は漫画ばかり描いています。

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