名作『JIN―仁―』が覆した坂本龍馬暗殺の真相、真犯人像の必然
10年前「日曜劇場」(TBS)で放映され、現在も支持を集めるドラマ『JIN—仁—』。幕末にタイムスリップした医師・仁(大沢たかお)が、完結編第1話で、佐久間象山(市村正親)から告げられた言葉は「歴史を変えることを恐れず救え!」。そもそもどうして仁は幕末にタイムスリップすることになったのかが、最終話で明らかに! 歴史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが、水曜だけど日曜劇場の名作を考察するシリーズ、『JIN—仁— 完結編』の完結編です。
坂本龍馬(内野聖陽)暗殺を覆す?
『JIN—仁— 完結編』(2011年放送)では、大沢たかお演じる医師の南方仁が第1シリーズ(2009年放送)にも増して厳しい試練に次々と直面する。たとえば、第2話では、脚気に効く菓子として「安道奈津」をつくり評判をとると、脚気の疑いのある皇女・和宮(黒川智花)にそれを献上する栄誉を得たものの、陰謀に巻き込まれ、牢獄に送り込まれてしまう。ほかの囚人たちによる容赦ない暴力、さらには役人からの激しい拷問でさんざん痛みつけられ、死罪も免れないという危機に追い込まれながらも仁は生還した。
思えば、第1シリーズでも、幕末にタイムスリップした途端に武士の刃傷沙汰に巻き込まれたり、続出するコレラ患者たちの治療にあたりながら自らも罹患したりと、彼は何度となく命の危険にさらされてきた。しかし、「神は乗り越えられない試練は与えない」という劇中で繰り返される言葉どおり、仁はそのたびに試練を乗り越え、生き延びる。それを見ていると、彼がこの時代にタイムスリップしたのは、やはり神の意志によるものなのかという気がしてくるのだった。
完結編の第1話で佐久間象山(市村正親)が告げた「歴史を変えることを恐れず救え!」との言葉に従い、仁は江戸での医療活動にますます邁進するとともに、ある歴史上の人物の命を救おうとする。言うまでもなく、仁がこの時代で親友となった坂本龍馬(内野聖陽)だ。龍馬暗殺という厳然たる史実を覆すべく、仁は橘咲(綾瀬はるか)と仲間の医師・佐分利(桐谷健太)を伴って京にまで赴いた。
橘恭太郎(小出恵介)登場
龍馬を殺したのは幕府見廻組というのが定説となっているが、ほかにも新選組説や薩摩藩の陰謀説などさまざまな推理がなされ、歴史小説やドラマでも参照されてきた。『JIN』でもいくつかの説を組み合わせつつ、原作コミックとはまた違った筋立てで、この日本史上のミステリーが描かれている。そこで真犯人かと疑わせた1人が、咲の兄で、龍馬とは同じ勝海舟門下である橘恭太郎(小出恵介)だった。
『JIN』ではどうしても龍馬の陰に隠れがちだが、恭太郎の存在もこのドラマにおいてかなり重要な意味を持つ。それは、劇中の彼が原作以上に時代に翻弄される人物として描かれていることからもあきらかだ。幕府に仕える旗本という立場上、龍馬暗殺にかかわることを余儀なくされ、さらに幕府が薩長新政府に江戸城を明け渡したあとには、上野で決起した旧幕府軍に参加し、官軍と戦う。いずれも自らの命を賭しての行動であったが、脱藩浪人の龍馬のように自分の置かれた立場からどうしても逃れられず、体面を重んじての決断であった分、悲壮感が漂う。むしろこの時代には、恭太郎のような人間が圧倒的に多かったはずだ。
考えてみれば、『JIN』では恭太郎に限らず、仁と志を同じくする医師たち、町民、また元花魁の野風(中谷美紀)と、身分や役職といったものに束縛されながらも懸命に生きる人たちが数多く登場した。歴史とは、龍馬のように後世に名を残す人物ばかりでなく、名もなき市井の人たちが営々と築き上げていくものであるのだ。それを丁寧に描いているところに、時代劇としての『JIN』というドラマの真価がある。
歴史も、運命も、個人の意志で変わる
『JIN』では、仁が歴史を変えてしまいそうになるたびに彼に頭痛が襲い、「歴史の修正力」が強調される。それが本作の大きなテーマになっていたわけだが、その実、最後の最後に仁が現代に戻ると、彼の行動によって歴史が微妙に変化したことがあきらかになる。第1シリーズから通して振り返っても、恭太郎にしてもそうだが、仁が救わなければその後こんな展開にはならなかっただろうということが色々と思い当たる。このことからも、仁がタイムスリップしてからの行動はすべて歴史の改変にかかわっていたことはあきらかだ。結局、「歴史の修正力」なんてものはなく、歴史も、運命も、個人の意志によって変えることも十分に可能である——。このドラマを最後まで観ると、そんなメッセージを読み取ることもできるだろう。
完結編の最終話(最終章の後編)では、そもそも仁はなぜ幕末にタイムスリップしたのか、その理由もあきらかにされる。仁が現代に戻ってから、自分の経験したことを小説を書こうと、同僚の医師・野口(山本耕史)に歴史改変のからくりを教えてもらうシーンも出てくるが、正直、そこまで説明されると興醒めという気もしないではない(もちろん、たしかに本作の複雑な構造がこの説明でよく理解はできるのだが)。しかし、そのあとのラストシーンでの、仁が元いた現代での恋人・未来(中谷美紀・2役)との“再会”はさすがに胸を打つものがあった。仁がそこで会った未来は、元の彼女とは違う人生を歩んだとはいえ、無事にこの世に誕生し、存在していた。しかも咲とも野風ともかかわりを持つ形で……。
懸命に生きることが未来へつながる
『JIN』のドラマ化を企画した石丸彰彦プロデューサーは、第1シリーズの制作途中から、《今の自分が生きているのは、間違いなく「誰か」のおかげなんだってこと》を本気で感じるようになったという(『日曜劇場 JIN—仁— 完全シナリオ&ドキュメントブック』東京ニュース通信社)。完結編のラストシーンは、まさにそのことを押しつけがましくならない形で、視聴者に実感させるものとなっていた。
私たちがいまあるのは、先人たち(血のつながりのある先祖だけでなく)が懸命に生きてきたおかげであり、そして私たちがいまを懸命に生きることが未来へとつながっていく。幕末を舞台にしながらも、あくまで前向きなメッセージは、今後もこのドラマを観る人を勇気づけていくことだろう。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。