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連載

瀬戸内寂聴さん 新著『いのち』で明かす親友作家との濃密な日々

長篇を書きあげられたら、それは長命の得

 まっすぐ心に届くタイトルだ。90歳を過ぎて、胆のうがんなどいくつもの手術を受け生還した瀬戸内さんの「最後の長篇」にふさわしい。作家が命の火を燃やして書くのが小説で、小説を書くことが自分の命であると、読者に宣言するようである。

「いつも『最後の長篇』だと思ってます。だって、いつ死んでも不思議じゃないから、私。年も年だし、周りはどんどん死んでいくでしょ。この長篇が書きあげられたら、それは私の長命の徳だと思って書くんです。いつも、書き終われるかどうか挑戦だと思って仕事を引き受けます」

自他ともに認めるライバル作家が見せた心のうち

 親しくつきあっていた作家たち、なかでも河野多惠子さん、大庭みな子さんとの、魂をぶつけるようなやりとりや、年下の彼女たちを見送ったときの思いが、小説の読みどころとなっている。

「結局、同時代を生きた女性作家で文学史に残る才能はあの二人だと思います。ものを書く人間には友だちが必要で、私にはあの二人以上に理解しあえる友だちはほかになかった。だから二人ともいなくなって、やっぱりつまらないですよ」

 河野さんのほうが大庭さんよりデビューは早いが、ともに芥川賞を受賞、二人同時に女性としては初めて同賞の選考委員にもなった。新しい時代を切りひらいた、自他ともにライバルと認める二人の女性作家が、瀬戸内さんには自分の心のうちを見せていたのだ。

「私にもライバル意識はありましたけど、向こうが問題にしていなかったんじゃない? 両方と仲よくして、両方からそれぞれの悪口を聞かされて、結局、いちばんの悪人は私ですね(笑い)」

「問題にしていなかった」と瀬戸内さんは言うが、おそらく二人にとっては特別な、気になる存在だったのだろう。

「気になるというより、信頼してくれてたんでしょう。年も上だし、文壇の生活も長いし、いろんな目にも遭ってきたし。なにより、彼女たちの文学的才能を私がいちばん認めてるという安心もあったと思う。河野さんなんて、私だけじゃなく、うちの家族じゅうが『天才』というあだ名で呼んで褒めちぎってるってことを彼女も知ってましたからね」

私の葬式をやってくれると言ってた人が先に死んじゃった

 本を読むと、作家どうしの関係は、これほど深く、一筋縄ではいかないものかと思わされる。とくに、同人誌時代からの仲間である河野さんには、瀬戸内さんが自殺を図った際に命を助けられたこともある一方で、手ひどい裏切りを受けたこともあったが、生涯、つきあいは続いた。河野さんの夫がアメリカで手術を受けたときは瀬戸内さんが経済的に支援もした。返してもらうつもりのないお金を、河野さんは後年、きっちり返済してきた。

「あの人はね、自分が死んだ後に何の汚点も残したくなかったの。お金が戻ってきたとき、ノーベル賞でも来るのかな、と思ったけど。ノーベル賞、本当にほしかったんだと思いますよ」

 彼女たちの夫婦関係も、瀬戸内さんだから書ける、逆に言うと、ここまで書くか、という内情にも踏み込んで描いている。

「河野さんは『あれは書いてほしくなかった』と怒るかな、と思うけど、作家に話しちゃったんだからしかたがない(笑い)。みなさん、『よく記憶してますね』って驚かれるけど、必要ないことは全部忘れて、必要なことはみんな覚えてる。いざ書くとなったら全部出てくるの。河野さんも大庭さんも、本当に変わった人だったけど、どちらもいいご主人と巡り合いました。二人とも、自分の夫を天下一だと思っていましたね。大庭さんなんていつも、『うちのトシオみたいな人を見つけなさい。瀬戸内さんは男を見る目がないから』と言ってましたよ」

 2007年に8歳下の大庭さんが、2015年には4歳下の河野さんが亡くなる。

「河野さんは占いが好きで、私のこともよく占ってくれた。亡くなるちょっと前にも、『あなたはそそっかしくて、道端でものにつまずいて死ぬから気をつけなさい』って言ってたのに。あなたの葬式は私がやってあげるから全部任せておきなさいと言ってた人が先に死んじゃった」

【本の内容】
雑誌「群像」で、休載を経ながらも本作を書き上げた瀬戸内さん(95才)。途中、こんな箇所がある。〈九十四歳ともなれば、頭脳より体力の衰えが顕著になり、九十四歳にして漸く老衰現象を否定出来なくなってきた私は、果してこの長篇連載が書ききれるだろうかと、突如不安になってきた〉〈私の余命が果してこの連載小説を完了させることが出来るのか? 生れて初めて、いや、物書きを仕事として初めて、こんな不安が頭より体の芯をつっ走った〉。長く交誼を結んだ河野多惠子さんと大庭みな子さん、そして瀬戸内さんと深くかかわった男性たち。彼らとの濃密な交流が、瑞々しい文体で蘇る。

『いのち』(講談社)
定価:1512円

 撮影/黒石あみ、取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2018年1月18・25日号


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