山岡まさえさん、専業主婦から総フォロワー20万人のインフルエンサーになるまで「好きなことを仕事につなげる情熱」
山岡まさえさん(61才)は、ハンドメイド業界で活躍し、現在SNSの総フォロワー数が20万人を超えるインフルエンサーだ。洗練されたファッションやシンプルな暮らしが多くの女性から支持を集めている。40代半ばまで専業主婦だった山岡さんは、どのように好きなことを仕事につなげてきたのだろうか。【Vol.1/全3回】
プロフィール/山岡まさえさん(61才)
1965年大阪府生まれ。ハンドメイド技法「グルーデコ(R)」を考案し、2013年に一般社団法人日本グルーデコ協会を設立。代表理事として講師育成や技法の普及に取り組む。「グルー継ぎ(R)」の普及にも力を注ぐ。著書に『60歳、服を7割手放して「ときめく暮らし」がはじまった』(Gakken)、『60代からの着こなし365日』(自由国民社)など。著書3冊の累計発行部数は3万部を超える。Instagram Threads note
専業主婦から「好き」を仕事にするまで
グレイヘアと洗練されたファッション、服を手放してシンプルに暮らすライフスタイルで支持を集める山岡まさえさん。Instagramでは主にファッションを、Threadsやnoteでは暮らしや人生観を発信し、SNSの総フォロワー数は20万人を超える。
――山岡さんはSNSによって投稿しているテーマを変えていますね。
インスタだったら写真で見せられますし、Threads(スレッズ)やnoteなら、ある程度長文も書けるので、自分の思いをしっかりと発信しています。それぞれのSNSの場で、伝えられるかなと思って、使い分けています。
――そもそもSNSを始めたきっかけは?
もともと書くことが好きだったんです。2006年頃にmixi(ミクシィ)が登場したでしょ? 息子に招待してもらって始めたのですが、mixiって、それぞれ趣味や好きなことなどカテゴリーによってコミュニティがあったから、なじみやすかったんです。
同じ趣味の人同士のコミュニティなら色々と語り合えるし、それが楽しくて初めてのSNSとして入りやすかったんです。
私はハンドメイドが好きだったので、ハンドメイド好きが集まるコミュニティに色々と書き込んでいたら、同じ趣味の人と出会えて、そこからさらに新しいコミュニティができていくようになりました。
サロネーゼブーム、新たなコミュニティ作りに目覚めた
――どんなコミュニティを作ったのですか。
まず私が作ったコミュニティは「プチサロネーゼの会」です。当時は、自宅でフラワーアレンジメントや手芸、料理などの教室を開く「サロネーゼ」と呼ばれる女性たちが注目されていました。
私も好きなことや得意なことを生かして活動する女性たちに魅力を感じていたんです。そこで、同じような興味や目標を持つ人たちが気軽に交流できる場所を作ろうと、「プチサロネーゼの会」を立ち上げました。
――そこではどんな交流をされていたのですか。
ビーズを使って、動物をモチーフにしたアクセサリーを作っていたので、そのやり方を公開していました。『mixi(ミクシィ)』は登録した人しか見られないので、もっと不特定多数の人に自分の取り組みを知ってもらいたいと思って、次に『アメブロ』でブログを始めました。
本当はサロネーゼのように教室を開きたかったのですが、子育ての真っ最中でしたから、まだまだ余裕がなくて、ブログでなら技術を発信できると思ったんですね。
2000年代半ば、携帯電話をビーズやラインストーンなどで飾る「デコ電」が流行ったんです。私もデコ電の作り方をブログで紹介していました。これがよく読まれて、Yahoo!オークションで制作方法のレシピを販売するようになりました。自分の知識や技術が収入につながる経験でした。
起業家への転身「息子の担任から言われた言葉」
――45才で起業されるまでは専業主婦だったんですね。
ハンドメイドが好きでしたが、当時は専業主婦で、子育てが生活の中心でした。子どもの教育にも熱心に取り組んでいました。育児書を参考にしながら、息子の習い事にも一生懸命でした。子どものためによかれと思って、何でも先回りしていた部分があったと思います。
次男が中学1年生のとき、担任の先生との個人懇談で、子育てについて考えさせられる言葉をいただいたんです。
「お母さんが過保護になりすぎると、息子さんの自立を妨げてしまいますよ」
「子育て以外に、お母さん自身が何か夢中になれることはありませんか?」
先生の言葉を聞いて、私はその場ですぐに納得しました。
子どものためだと思ってしていたことが、かえって子ども自身が考え、行動する機会を妨げていたのかもしれない。そう気づいて、自分の子育てを見つめ直すきっかけになりました。
そこで、自分が夢中になれることは何だろうと考えたとき、思い浮かんだのが「ハンドメイド」でした。それで、デコ電の作り方を教える教室を開こうと思ったんです。
好きなことを仕事に「ハンドメイド教室を開きたい」
――自宅で教室を開かれたんですか?
夫に相談してみたら、『家に人を呼ぶスタイルではなく、部屋を借りて教室を開いた方が家族にも負担がかからないし、いいんじゃないか』と言われました。
家族の生活と仕事を分けられるように、通いやすい場所に小さなワンルームを借りて教室を開くことにしました。
――教室はすぐに軌道に乗ったのですか?
いえいえ。部屋は借りたものの家賃をひとりで払えないと思って、同じように教室をやりたいと思っている人たちに声をかけて、『シェアルーム』形式にしたんです。
10人くらいの人たちとシェアし、家賃を人数分で割ってそれぞれに負担してもらいました。そうこうしているうちに2年ぐらいで教室も軌道に乗ってきて、生徒さんが増えていきました。
――教室が軌道に乗り始めてから、どんな展開が待っていたのですか。
私のように「得意分野を仕事にして収入を得たい」と思っている人たちの支援をしたいと思うようになったんです。
例えば私がデコ電の作り方を教えたら、学んだ人が今度は誰かに教えて収入を得られるようになってほしい。そうした仕組みを作りたいと考えていました。そこで、講師を育成し、全国に広めることまで見据えて、新しいハンドメイド技法を構想したんです。
先に作りたいものや技法の構想があり、それを実現できる材料を探しました。そうして私が考案したのが「グルーデコ」です。接着性のある粘土状の材料「グルー」にクリスタルなどを埋め込んで、アクセサリーなどを制作する技法です。材料の事業にも取り組み、技法を広めるための準備を進めました。
――45才で起業され新たな挑戦を始められたのですね。
グルーデコを考案した当初から、私自身が教えるだけではなく、技術を学んだ人が講師として活動できる仕組みを作り、全国に広めたいと考えていました。
好きなことや得意なことを仕事にしたい人が、自分の力で一歩を踏み出せるようにしたかったんです。協会の設立についても調べ、学びながら準備を進め、2013年に一般社団法人「日本グルーデコ協会」を立ち上げました。これまでに約9,700名の認定講師を輩出し、全国に講師のネットワークが広がっています。
その後、ファッションやインテリアなど、暮らしの発信にも力を入れるようになり、また新たな世界が広がったように思います。
取材・文/廉屋友美乃
