《「つらいのは通過地点だよ」夫の言葉に救われて》森公美子が語る介護20年の夫婦愛 「母性」への変化と、自分が死んだ後の切実な不安
圧倒的な歌唱力を誇るオペラ歌手・ミュージカル女優であり、バラエティ番組でも幅広く活躍する森公美子さん(67歳)。私生活では2006年に夫が交通事故に遭い、重度の後遺症を負ってから長年にわたる介護生活を続けている。施設で暮らす夫とのコミュニケーションの工夫や、自身のストレス解消法、そして介護を通じて大きく変わったという人生観について話を聞いた。【全3回の第3回】
高次脳機能障害による「思い込み」や「感情の爆発」
――森さんは、ご主人を14年ほど在宅で介護され、2020年のコロナ禍を機に施設へお願いされたそうですね。
森さん:やっぱり一番つらいのは、彼自身がストレスを抱えてしまって、施設の介護士さんにきつく当たってしまうことです。高次脳機能障害の影響で感情のコントロールが難しかったり、こだわりが強くなったりするんです。
施設に入居しても、完全に介護を手放せるわけではありません。次の段階のことを常に考えないといけませんしね。彼は70歳になったのですが、まだ養護老人ホームなどに入るには年齢的にも状況的にも早いんです。でも、急に大きな声を出したりして、周りの認知症のおじいちゃんおばあちゃんたちを驚かせてしまうので、「ここを追い出されたら次に行く施設はないからね!」って叱ったりしています。そういうことには悩まされますね。面会は、行けるときはできるだけ行くようにしています。
――イライラしてしまったときのストレス解消法はありますか?
森さん:私はおいしいものを食べに行くことで発散しています。「予約の取れない店」に行くのが大好きで、2、3年待ちのお店でも予約を取るのですが、舞台の公演とかぶってしまって、残念ながらほかの人に譲ることもあります。ただ、膝に負担がかかってきているので、少し痩せなきゃいけないんですけどね(苦笑)。
――事故から20年ほど経ちましたが、ご主人との関係性はどう変化してきましたか?
森さん:最初は「主人」が消えてしまうのかな、と思ったこともありました。でも、2人の間に子どもがいなかったので、彼のことを自分の子どものように成長を見守ってあげようという、母性のような気持ちに変化してきた部分があります。でも、いまだに彼の本来の思考やユーモアは残っていて、それに救われることも多いんです。
例えば、私がミュージカルの仕事で「なんでこんな大変なことやらなきゃいけないんだろう」って愚痴をこぼしたときに、彼が「それは通過地点だからだよ。つらいことがあるのはいいことなんだ。君に課せられた課題なんだよ」と言ってくれたんです。そんなふうに慰めてくれる人はあまりいませんから。
――昔からのご友人たちも、よく面会に来てくださるそうですね。
森さん:そうなんです。彼はもともと「飲みに行こうよ」が口癖で、人を集めるのが大好きな人でした。今はもうお酒は飲めないけれど、昔の友達が会いに来てくれるんです。LE VELVETSの佐藤隆紀さんが来てくれたこともあったんです。施設の皆さんの前で歌ってくれて、そういうつながりがあるのはありがたいし、私も一緒に楽しんでいます。私が楽しまないと、彼も楽しめませんから。
事故が教えてくれた「出会い」の豊かさと、障害者福祉への願い
――長年の介護を通じて、森さんご自身の人生観に変化はありましたか?
森さん:人生観は180度変わりましたね。介護というよりも、出会いの素晴らしさを教わりました。普通に生きていたら友達の紹介くらいの出会いしかないじゃないですか。でも、彼の事故をきっかけに、障害を持つさまざまな方々と出会うことができて、いろんな人たちが、同じ社会で一緒に生きているんだということを、肌で感じるようになったんです。
だからこそ、障害を持つ方への社会の仕組みについては、もっと改善してほしいと切実に願っています。私が一番不安に思っているのは、私が死んだ後の彼のことです。もし私がいなくなったら、今の彼の障害年金などのお金だけでは、絶対に生きていけません。彼と一緒に生きていくなら、私は稼ぎ続けなければならないのが現状です。
弱者への保護や、限界まで身を削っている家族へのサポートなど、自治体や国はもっと制度を整えてほしいです。いずれ私も陳情に行きたいと考えているくらい、これは切実な問題だと思います。
――当事者やご家族を取り巻く環境を見ていると、社会に対してもどかしさを感じてしまうことも多いのではないでしょうか?
森さん:ただ、日本という国は捨てたものではないとも思っています。東京のデフリンピック(聴覚障害者のための国際総合競技大会)のときや、コンサートにも耳が不自由な方が来てくださるのですが、私が少しでも手話を交えると、皆さんが笑顔になってくれるんです。
障害を持つ方に優しくできる社会なら、お年寄りや、さまざまな困難を抱える方たちにも優しくなれるはずです。いろんな人が集まっているからこそ、みんなに優しくできる可能性があります。私はそんな社会の可能性を信じて、これからも舞台に立ち続け、彼と一緒に笑って生きていきたいと思っています。
◆歌手・森公美子
もり・くみこ/1959年7月22日、宮城県生まれ。昭和音楽短期大学卒業後、イタリアへオペラ留学。帰国後、圧倒的な歌唱力と明るいキャラクターで、ミュージカル『レ・ミゼラブル』『天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~』など数多くの舞台に出演。テレビのバラエティ番組や音楽番組でも広く活躍している。2006年に交通事故で重度障害を負った夫の介護を現在も続けており、自身の経験をもとにした講演活動なども行っている。2026年12月9日~29日に東京・日生劇場で上演のミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』に出演予定(全国ツアーは2027年1月より 愛知、大阪ほか順次上演)。
撮影/TOYO 取材・文/小山内麗香
