「介護と仕事を並行してスムーズに進めるには?」ビジネスケアラーの相談事例に学ぶ介護のヒント
仕事と介護を同時にこなすビジネスケアラーや遠距離介護を選択する人は増えている。しかし、3割以上の人が「介護と仕事の両立をできていない」と回答(介護マーケティング研究所調べ)。そこで、数多くのビジネスケアラーから介護相談を受け、アドバイスをしているケアコンサルタントの川上由里子さんに、介護をスムーズに進めるための役立つヒントを教えてもらった。
教えてくれた人
ケアコンサルタント・川上由里子さん/看護師・介護支援専門員・産業カウンセラー
静岡県出身。大学病院や高齢者住宅などで長年看護師として勤務した経験や、父親の遠距離介護経験をふまえ、介護相談や仕事と介護の両立に関するコンサルティングなどを行う。民間企業に所属し、社員の介護相談事業を担当するほか、UR都市機構・ウェルフェア統括アドバイザーとして、UR賃貸住宅にお住まいの高齢者やそのご家族を支援する人材の育成なども行っている。著書『介護のゴングが鳴ったら1週間でやる8つのこと』(ART NEXT)、『介護生活これで安心』(小学館)など。
介護中に「離職を考えたことがある」は4割強
経済産業省(※1)によると、ビジネスケアラーは増え続け、2030年には300万人を超えると推測されている。一方で、毎年約10万人が介護離職しているという問題も。
「介護と仕事の両立についての実態調査」(※2)によると、「両立できていない」と考える人は35%、実際に離職した人は2割に上る。
「仕事を続けながら、離れて暮らす親の介護をしている人は増えていますよね。介護のご相談を受ける中で、仕事と両立しながら介護を上手に進めているかたは、みなさん先手必勝。始まる前に情報収集をされているかたが多いんです」
こう語るのは、これまで26年にわたり1000件以上の介護相談を受けてきた川上由里子さんだ。川上さんは現在、都内民間企業にて、社員向けに介護相談やサポート、セミナー講師などを担当している。
「私自身も仕事を続けながら、父親の遠距離介護を6年続けましたが、もっと早めに手を打っておけばよかったと思うことも多いんです。介護は始まりが肝心。早い段階から制度や情報を知っておくことで、後々ラクになると思います」(以下、川上さん)
ご自身が直面した父親の介護、そしてこれまでの介護の相談事例をもとに、「介護をスムーズに進めるための」ヒントを教えてもらった。
※1経済産業省2024年3月「経済産業省における 介護分野の取組について」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001221559.pdf
※2「介護と仕事の両立についての実態調査2024」(介護マーケティング研究所 by 介護ポストセブン)
https://kaigo-postseven.com/181937
※実例をもとに設定を一部変更しています。
事例1/遠距離介護10年超の50代男性「介護のタスクを見える化」
「ご両親の遠距離介護を10年以上続けているAさん(50代男性)は、ご両親の介護を同時並行で進めなければならい状況でした。最初に相談にいらしたときは、全く初めての介護でもあり、しかもまだ情報が行き渡っていない時代でしたので、備えはできていませんでした。
『介護ってこんなにお金がかかるの?』『誰に相談したら良いのかわからなかった』と、切実なご様子でした」
相談先を確保して介護の行動リストを作成
「何度かご相談をお受けしながら、ともによい方法を模索していきました。もともとお仕事でマネジメントをされているかたでしたので、介護も仕事と同じように『マネジメントが大切』と気づくことができたのです。
Aさんは、まず早い段階から相談先とつながっておくことを第一に行動されていました。私のところにご相談にいらっしゃるのと同時に、地域包括センターへも出向き、積極的に相談窓口を活用。早めに情報収集することで、その後の介護をスマートにこなされていたと思います。
このかたは、日頃から仕事もコミュニケーション能力も高く、その長所を介護でも発揮されていました。帰省時に備え、介護に関する行動リストをエクセルで作成し、帰省のたびに親御さんの行動をチェックして小さな変化を記録し、どんな対策が必要か、誰に相談すればいいのか、リストにまとめ、帰省するたびに実行していたそうです。
遠距離介護にかかった交通費や経費など金銭面の負担なども記録され、どうしたら負担を減らしながら遠距離介護を継続していけるのか、常に介護のやり方をアップデートしていかれました。
仕事には一生懸命でも、介護のことは後まわし、見て見ぬ振りをしてやり過ごしているかたもまだまだ多いので、Aさんのように介護も仕事のひとつとしてタスク化し、淡々とこなしていくスタイルは、私としてもとても参考になりました。家族にも遠慮して話せないこともあり、安心できる第三者に話すことで救われる機会も多かったようです。
Aさんが語った言葉は今でも印象に残っています。
『介護は優しい気持ちだけではできません。仕事は絶対に辞めてはいけない。介護も仕事と同じマネジメント。わからないことがあれば専門家に確認相談しながら進む。それにより仕事も介護も前に進むことができます』。
最初にご相談にいらっしゃったときと見違えるような介護のベテランになられたと感じました」
事例2/40代女性、認知症の母親の介護に「マインドマップ」を活用
「お母様が認知症を患い、今後の介護について不安を感じているという女性Bさん(40代)からのご相談でした。
Bさんは、ご自分と母親が何に困っていて、どう解決したらいいか、課題を整理するために『マインドマップ』を活用されていました」
介護の課題を書き出して整理
「マインドマップは思考を整理したり、発想を広げたりするときに使う手法で、課題や問題が可視化されます。Bさんは、お母様の仕事や生活、経済状況、医療など、マインドマップで発想を広げていき、介護で短期、長期的に何が必要なのかテーマを洗い出して整理していきました」
「お母様はプライドが高く、認知症と認めないため、コミュニケーションがうまく取れない状態にありました。なんとか有料老人ホームに入居したのですが、スタッフや周囲となじめず不機嫌だったそうです。
そこで、私は『お母様の強みはどんなところですか?』とBさんに尋ねました。
お母様はかつて働いていたとき、指導や相談を受ける偉い立場だったそうです。そこでBさんは介護スタッフと協力し、居室に『相談コーナー』を作り、職場のようなシチュエーションを取り入れたそうです。
するとお母様は、仕事をしている頃の感覚を取り戻され、介護スタッフの提案を『相談』として受け入れるようになり、コミュケーションがうまく取れるようになり、笑顔も増えたそうです。
また、音楽が好きだったお母様に『音楽療法』も試してみたそうです。講師とマンツーマンのプライベートレッスンにして特別感も演出することで、プライドの高いお母様はとても嬉しそうに音楽を楽しまれているそう。
お母様の好みに合わせて介護の工夫を重ねることで、お母様は笑顔と落ち着きを取り戻され、穏やかに介護生活を続けられています」
事例3/尊敬する父が認知症に「本人のできることを引き出す介護を」
最後は、川上さんご自身が経験した父親の認知症介護について教えてもらった。
「父は82才のときに認知症と診断されました。東京で仕事を続けながら、実家の静岡に月2回、金曜の夜から月曜まで滞在するスタイルで介護を続けました。
最期まで自宅で過ごしてもらうことに決め、『不安を楽しみへ変える、介護生活を豊かに』を目標に掲げ、本格的な在宅介護をスタートしました。
川上さんがまず取り組んだのは、介護者である母親のサポート。介護や医療職、地域のかたたちに協力してもらい、介護チームの体制を整えることでした。絶対にひとりで背負わない、背負わせないと決め、母や弟、兄ともこまめに連絡を取り、情報を共有しながら行動しました」
認知症でも「できることはある」
「父は認知症の進行とともに行動範囲は狭くなりできることは減っていきましたが、『本人ができることを奪わない』ことは心がけていました。晩年の父には、『家族のメガネを拭いてもらう』役割を日課としてお願いしました。皆のメガネはいつも清潔でピカピカでした。
また、父は文学好きで言葉を大切にする人でした。さみしそうな表情で過ごすことが多くなった父に、私は1冊の詩集を手渡すと、高村光太郎の詩集の一節をよく通る声で読み上げ、家族やヘルパーを驚かせたことも。父も満面の笑みで、これは忘れられない思い出です。認知症が進行しても、本人の能力を引き出すことで笑顔は増やせると思います。
多くの人を助けてきた父がだんだん小さく弱くなっていく姿を見て、『人間には光と闇があり、生と死がある』ことを、改めて学びました。最期まで自宅で支え続けた母からは、大切な人を守る覚悟と強い愛情を感じました。でも、決してひとりではできなかったことです。
誰しも直面する介護ですが、それぞれの家族介護の物語の中に、発見や美しい宝物があると思うんです。ツラかったことも含めて介護は私が父からもらった最高の贈り物でした」
介護と仕事の両立は「工夫」で乗り切る
「一人ひとり異なる介護に正解はありませんが“工夫”はできます。工夫するために必要なのは、備えの段階で得た情報やネットワーク、お金のプランなどを活かすこと。介護を受ける本人に寄り添うこと、それにより介護生活を無理なく継続できるのが理想的です。
2025年4月に育児・介護休業法が改正され、働きながら介護する人に柔軟な働き方が選択できるように、社会の意識も変わってきています。ぜひ早い段階で自分が利用できる介護休暇や在宅勤務など仕事と介護の両立支援制度を活用した働き方、相談窓口など、職場の制度を確認しておきましょう。もちろん、働いていないかたにとっても相談する意識は必須です。
肝心なのは、初動期と備えの準備期の行動。近年は介護サロンや座談会を開催する企業も増えてきました。介護の専門家だけでなく、すでに介護をしている友人や知人、職場の人と話をすることで、肩の力が抜けたり、思わぬ介護の知恵を得られたりすることは多いはずです。誰かに話すことで助け合いの輪も広がります」
取材・文・撮影/本上夕貴
