兄がボケました~認知症と介護と老後と「第82回 ツガエ後見人への道 裁判所面接編」
ライターのツガエマナミコさんは、認知症を患う兄の成年後見人になるため、さまざまな準備を続けてきました。祖父母の遺した土地と家の相続が発生するのですが、現在、特別養護老人ホームで暮らす兄に代わって手続きをする必要があるからです。そして、その道はとても険しく、時間がかかるようです。近況を綴っていただきました。
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2度目の家庭裁判所
兄の成年後見人になるべく、約25万円のお金をかけて司法書士の先生に後見開始申立の書類をまとめていただき、提出したという報告を受けたのが約1カ月前でございました。先日、ついに家庭裁判所からお電話があり、わたくし面接されて参りました。
裁判所と名の付くところに行ったのは人生で2度目でございます。
1度目は、お仕事をした出版社が破産をして、原稿料が支払われないことになったときに開かれた裁判の傍聴でございました。結局原稿料は1円も支払われませんでしたが、今となっては「そんなこともあったな」と懐かしく思います。
今回は、兄の後見人になるべく、自らが立候補した案件でございます。そういう意味では「面接された」というよりも「面接していただいた」と申し上げるべきかもしれません。
まず驚いたのは入口でございました。
自動ドアの向こうがいきなり空港の手荷物検査場のようでした。事前のお電話で手荷物検査があることは聞いておりましたが、ここまで徹底しているとは思っていませんでした。
「鞄をこちらのトレーに置いてください」「携帯と鍵はこちらのトレーに出してください」「ハサミやカッターはお持ちではないですか?」といった質問のあと、鞄や携帯のトレーがベルトコンベアーでカーテンの向こうに流れていくと、金属探知機のゲートをくぐるように促されました。危険なものなど何も持っていないのに、頭の片隅で“鳴ったらどうしよう”と身構えてしまうあの心理はいったい何なのでしょうか。小心者のわたくしは、それを悟られないように余裕顔を装ったことは言うまでもございません。
無事に手荷物検査を通過した後は、「後見係」の窓口に向かい、受付を済ませました。「しばらくエントランスでお待ちください」と言われ、ソファに腰かけて、目の前の手荷物検査場をぼんやり眺めていました。
検査レーンは1つしかないので、誰かがモタモタしているとすぐに渋滞してしまいます。
もっと閑散としていると思いましたが、ひっきりなしに人の出入りがあり、世の中における家庭裁判所の需要は意外と高いことを知りました。
さて、いよいよ面接でございます。
受付をしてくださったお姉さまに連れられて小部屋に入ると、事務机に一人の男性が座っていらっしゃいました。「こちらの方が本日面接を担当します。ではあとはよろしく」とおっしゃりお姉さまは退室してしまいました。
男性は70~75歳にお見受けしました。聞けば、裁判所の職員さまではないそうで、定年した高齢者のお仕事として、ときどきこの面接官をされているようでした。
机の上には、司法書士さまがわたくしや親族から集めてまとめた書類や証書のぶ厚いファイルがあり、男性はそれを表紙から一枚一枚めくりながら、「こちらがお兄さんの名前ですね。ではこちらがマナミコさん、間違いないですね」という内容確認から始まりました。
今回後見人を申し立てることになった経緯を訊かれたあとは、兄の主治医の診断書や施設職員の意見書などを確認して、「そうですか。これはやはり後見人が必要ですね」とつぶやき、兄の通帳のコピーなどでお金の流れもこまかく見ていました。祖父母の家に関する資料や昨年亡くなった叔母(亡き母の妹)の資料など、わたくしが知らない資料もたくさんファイルされていましたが、これといって質問されるわけでもなく、ただただ大量の資料に男性が目を通す作業で終わりました。
最後に「後見人はマナミコさんになるかもしれませんし、第三者がなるかもしれません。それは家庭裁判所が決めることですので、それだけはご承知おきください」と、決められたメモ書きのセリフをおっしゃり、「結果は1カ月ぐらいかかります。裁判所から封書が届くのを待っていてください」とのことでした。わずかな雑談の中で聞いたのは、今、後見人の申立てがとても多くて、家庭裁判所は非常に混みあっているということと、今後兄に入る遺産は、信託銀行に新たに口座を設けて預けることが望ましいということでございました。
かかった時間はちょうど1時間。ほとんど男性がファイルを読んでゴニョゴニョとつぶやき、納得しているだけの時間でございました。
本当は何を見られたのでしょうか? わたくしは正解の挙動や受け答えができていたでしょうか? 隠しカメラなどであとからじっくり吟味されるのでしょうか?
面接していただいた身でありながら失礼ですが、あまりに手ごたえのない面接だったので、変に勘ぐってしまいました。
でも裁判所による兄への面接はなさそうです。あとは、家庭裁判所からの封書を待つばかりとなりました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性63才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
