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「家族になってくれてありがとう・・・」仏壇の引き出しで見つけた母からのサプライズ!コラムニストの息子が綴る在宅介護と看取りがもたらしたこと|「147日目に死んだ母――がん告知から自宅で看取るまでの幸せな日々」vol.10

 2025年7月2日、コラムニスト石原壮一郎さんの母、昭子さんは旅立った。末期がんの宣告を受けてから147日目のことだ。積極的な治療をせずに自宅で過ごしたいという昭子さんの希望を全力で支え、叶えた家族の軌跡を石原さんが振り返るシリーズ、最終話は「母が旅立ったその後」だ。思いがけず発見した「母からの手紙」に書かれていたことを明かしつつ、在宅介護・看取りを経た石原さんが思いの丈を綴る。

執筆/石原壮一郎

1963(昭和38)年三重県生まれ。コラムニスト。1993年『大人養成講座』(扶桑社)がデビュー作にしてベストセラーに。以来、「大人」をキーワードに理想のコミュニケーションのあり方を追求し続けている。『大人力検定』(文藝春秋)、『父親力検定』(岩崎書店)、『夫婦力検定』(実業之日本社)、『失礼な一言』(新潮新書)、『昭和人間のトリセツ』(日経プレミアシリーズ)、『大人のための“名言ケア”』(創元社)など著書は100冊以上。故郷を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。

 * * *

ふとした拍子に母の声が聞こえてくる

 母・石原昭子が旅立って8カ月が経った。だけど、母は今も生きている。話したり触れたりできないだけだ。

「人間は二度死ぬ」という言葉がある。永六輔さんの言葉らしい。一度目は肉体が滅びたとき、二度目はみんなの記憶から消え去ったとき。母は私たち家族の記憶の中では今もしっかり生きている。実家の冷蔵庫の奥で使いかけの胡麻の袋を見つけたときや、電話機の後ろに貼られたメモ書きを目にしたときなど、ふとした拍子に声を聞かせてくれる。

 仲良くしてくれていた友だちやご近所、親戚の人たちも、まだまだ母を生かしてくれている。旅立ったあとも、仏壇に手を合わせに来てくれたときなどに、母の知らなかった一面をたくさん教えてもらった。実家近くのお寺にあるお墓にはたまにしか行けないが、お参りするたびに誰かが花や線香を供えてくれた気配を感じる。

 がんの告知を受けたのは、去年2月だった。まだ一年ちょっとしか経っていないが、遠い昔のような気がする。主治医に「積極的な治療はしません」と言って家に戻り、しばらくは元気に過ごすことができた。春が来て大好きなツクシ採りができたのは、さぞ嬉しかったに違いない。4月には三重から東京に車椅子も使いながら遠征して、大親友の幼馴染に会うこともできた。

 5月に入ると、体が思うように動かなくなる。この頃、お見舞いに来てくれた友だちに「だいぶ、あかんみたいや。自分でわかるんさ」と寂しそうに話していたらしい。私たちには弱音はいっさい吐かなかったが、思った以上の早さで病気が進んで、きっと悔しかっただろう。5月末にはベッドから起きられなくなった。それからもせいいっぱいがんばって、7月2日夕方、家族に見守られながら眠るように旅立った。

母が与えてくれた幸せと最後の贈りもの

 突然の入院から旅立つまでの147日のあいだ、母は私たち家族にたくさんの幸せを与えてくれた。自分は進学で40数年前に家を出たが、こんなにゆっくり母と一緒に過ごせる日々が来るとは思わなかった。いろんな話をしたし、母の投稿を集めた冊子『アッコちゃん』を作ることで、夫である父や私たち家族に対する思いを知ることができた。

 弟夫婦や妻、母にとっては孫やひ孫と、母に「悔いのない最期」を迎えてもらおうと力を合わせたのも、今となっては「楽しい思い出」である。もともと弟の家族とは仲が良かったが、普段は接点はそう多くない。母が絆を一段と強めてくれた。何よりありがたい宝物である。旅立ったときに、悲しみではなく「お疲れさまでした」「これまでありがとう」と思わせてくれたのも、私たちに対する母の最後の贈りものだ。

在宅介護と在宅看取りを経て

 たしかに「在宅介護」の日々や「在宅看取り」は、心身ともにけっして「楽」ではなかった。ただ、当事者になるまでは「そんなの絶対に無理」と思っていたが、手厚い介護制度に助けられ、家族全員で協力し合えたことで、どうにかやり遂げられた。いい病院や事業所に出合えたことや母の病気の状態など、多くの幸運に恵まれたおかげでもある。

 繰り返し書くが、自宅で看取ることが「正解」だとはけっして思っていない。自分たち家族にとってはそれが結果的に幸せな形だったが、置かれた状況も本人を含む関係者の考え方や望む形もさまざまだ。在宅にせよ病院にせよ施設にせよ、どんな方法を選んだとしても、それが本人と家族にとっての「正解」ではないだろうか。

 ただ、最初から「自宅で看取るなんて不可能だ」とあきらめる必要はないかもしれない。まだまだ十分ではないにせよ、遠い場所から漠然と想像していた以上に、今の日本には在宅での介護や看取りを可能にするバックアップ体制が存在していた。費用に関しても、介護保険などさまざまな制度があるので、自宅ならではの負担はほとんどない。

母亡き後に発見「母が書き残した手紙」

 旅立った3日後、母は煙になって空にのぼっていった。

 父に再会できただろうか。軽口ばかり叩いていた父は、15年ぶりに会った母を見て「えらい老けたなあ」なんて言ってそうだ。母が寝ていた介護ベッドも片付けられて、部屋は一気にガランとした。

 それを見つけたのは、線香を探そうと仏壇の引き出しを探っていたときである。「息子たちへ 娘たちへ 孫たちへ」と書かれた大きめの封筒が、引き出しに入っていた。日付は「平成31年3月12日」。母の77歳の誕生日だ。その頃はまだまだ元気だったが、何か思うところあって手紙を書き残したのだろう。とんだサプライズだ。

「皆さん、石原家の家族になってくれてありがとう。」で始まる便箋5枚の手紙には、これまでの人生を振り返りつつ、今の心境や私たちへのメッセージが綴られている。

「何れ、病院のお世話になる日がくるでしょうが延命治療は、くれぐれも断って下さい。でも痛いのは困りますから痛み止めはお願いします。そのまま眠りからさめる事がなくても、自然のまま、あくまでも自然のままで逝かせて下さい。」

 前々からこう思っていたからこそ、迷いなく「積極的な治療はしません」と言えたのだろう。続けて「やり残した事、言い残した事は何もありません。」と書いている。そう言い切れる母はカッコいいし、家族にとってはホッとできる言葉だ。最後は「欲はしない事、けんかはしない事、身体に気をつける事、とにかく仲よくして下さい。ありがとう。」と締め括られている。

 病気がわかる前も退院してからも、母はこの「遺言」のことはひと言も話さなかった。たぶん忘れていたわけではない。見つけてくれると信じてくれていたのだろうか。「延命治療」に関しては伏せった段階で読んでおく必要があるが、どうやら希望通りになりそうということで、あわてて伝えなくても大丈夫と思ったのかもしれない。

 ただ、もし母から「仏壇の引き出しに手紙がある」と聞いていたら、たぶんすぐに見てしまっていただろう。言わないでいてくれたおかげで、私も家族も驚きつつしみじみ読むことができた。そんな光景を予想して、ほくそ笑んでいた可能性もある。ちょっとしたイタズラを仕掛けるのが好きだった母は、そのぐらいのことはしそうだ。

 母を知る人と思い出話を交わしたり、母や父と行った場所やお店を訪ねたり、こっそり残した手紙で楽しませてくれたり、旅立ったあとも母は私たちにたくさんの幸せを与えてくれている。これからも与え続けてくれるだろう。

また家族で花見に行こう

 こうして母に関する話を10回にわたって書かせてもらえたのは、物書きである私にとってはこの上なく幸せなことだ。声をかけてくれた「介護ポストセブン編集部」には深く感謝している。きっと母は、照れながらも喜んでくれているだろう。勝手に登場させられた妻や娘や孫や弟の家族が喜んでくれているかどうかは、いささか不安ではあるが。

 そして何より嬉しかったのは、毎回たくさんの方にこの連載を読んでもらえたことである。極めて個人的で、しかも明るくも楽しくもない話なのに、本当にありがとうございました。読んだ方が、やがて直面する親御さんの介護や看取りについて、あるいは生や死について、あらためて考えるきっかけになれたらとても嬉しいです。

 また春がやって来た。もうすぐ桜が咲き始める。去年の春は、母と妻と何度かお花見に行った。三重県伊勢市の桜の名所である横輪町に、花びらが多くて大きい「横輪桜」を見に行ったときは、母が「20年ぐらい前に、父ちゃんとも来たなあ」と話してくれた。そのときのことを思い出している母の横には、「生きている父」がいたに違いない。

 今年も、山をピンクに染める横輪桜を見に行ってみよう。妻と「生きている母」と3人で。いや、父も入れてあげて4人かな。

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