夫がすい臓がんで他界した倉田真由美さんと2000人以上を自宅で看取った医師・萬田緑平さんが考える「悔いのない生き方」最期までに伝え合いたい“たった1つの言葉”
新著『夫が『家で死ぬ』と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』を上梓した漫画家の倉田真由美さん。本書の解説・コラムを担当した在宅緩和ケア医の萬田緑平さんとの対談イベントを行った。夫を自宅で看取った倉田さんと、2000人以上の看取りを行ってきた萬田さんの思いが重なる大切な「言葉」とは。
どんなつらい治療よりも効く「ありがとう」
倉田真由美さん(以下、倉田):夫を見送った今、葬儀のこととか、あれを食べさせてあげたかったとか後悔は色々とあるんですが、感謝の気持ちは言葉にして伝えてきたのでその点では悔いがないんですね。
常日頃から、相手のいいところを褒めたり、感謝や感動したときはその場で気持ちを伝えるようにしています。これは夫に限らず、友達に対してもそう。人間関係を営む上で、大切なことだと思っています。
萬田緑平さん(以下、萬田):本当にそうですね。患者さんとご家族にも「ありがとう」って伝えあっていると関係性がいいんですよ。
ご家族も心が軽くなるし、言われた患者さんは幸せになる。ありがとうって言葉、治療薬にまさると思います。
患者さんのお宅を訪問すると、「ありがとうって言った?」とよく確認するんですけど、そう言い合えるような雰囲気づくりに、一番エネルギーを費やしているかもしれませんね。「そんなこと言ったら死んじゃいそうで嫌だ」と言う人もいるんだけど、感謝の気持ちを伝えたほうが長生きすると思っています。
倉田:それ、わかりますね。「言っておけばよかった」っていうのはすごく悔いが残りそうですよね。
病気は「その人らしさ」も変えてしまう
萬田:亡くなる1日前に「ありがとう」と言われたら、1日嬉しい。1週間前に言われたら、1週間嬉しい。だったらもう10年も20年も前から「ありがとう」「あなたと出会えてよかった」「あの時の言葉がよかったよ」と言えば、それから死ぬまでの間お互いにずっと幸せなんだから。いっぱい「ありがとう」という言葉をばらまいておけば、幸せが自分に返ってくると思うんですよ。
日本人は死ぬギリギリまで「ありがとう」と言われない人がほとんど。「もっとがんばって」「大丈夫?」と言われながら亡くなっていくことは本人もつらいと思うんです。
「ありがとう」と言われたら誰だって嬉しいじゃないですか。家族からたくさんありがとうを言われた私の患者さんたちは穏やかに旅立つかたが多いんですよ。
倉田:「ありがとう」は言われるのも嬉しいですけど、言う時の幸福感も大きいですよ。すごく満たされる。
萬田:相手がニコニコになるからじゃない?
倉田:幸せな気持ちになりますね。私は自分が言う方が好きです。夫はあまり「ありがとう」とか言う人じゃなかった。それだけに、闘病中に「ありがとな」「ごめんな」という言葉が増えたことが、私にはつらかったですね。夫がちょっと変わってしまった気がして。
病気って、体と心を変えるだけでなく、その人らしさみたいなものも変えてしまうんですよ。夫は陽気で冗談をよく言う人でしたが、そういう時間も減りましたし、余裕もなくなってきました。
がんが発覚してから夫と一緒に取材を受けたことが何度かあるんですけど、ある時カメラマンさんに座る位置を指示されて、「もう病人なんだから動きたくないよ」とちょっと不機嫌そうに言っていたんです。
「この人、こんなことを言う人じゃないのに。やっぱり体がしんどいとこうなるんだな」と切なくなりましたね。
そんな中でも、時々夫らしい一面に出会えることもありました。亡くなる前日、久しぶりに冗談が出た時、すごく嬉しかったですね。
萬田:60才になってから生前葬をしたんですけど、楽しかったですよ。
倉田:えっ、もう!? 早くないですか!?
萬田:いやいや、60才だけどある日突然死ぬ可能性はゼロじゃないからね。死んでからみんなに何かを言ってもらってもしょうがないし。「俺の葬式はするな」「骨は拾ってくるな」とか、全部家族には伝えておきました。
倉田:それは大事ですね。葬式のこと、病気になってからだと話しにくいですからね。
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イベント後半では、参加者からの質疑応答コーナーへ。数多く寄せられた質問からピックアップしてお届けする。
「親が病を患っていますが、延命治療をしてできるだけ生きたいと言っています。ケアする家族は疲弊して医療費もかかり続けています。家族はどう考えたらよいのでしょうか」
萬田:私の方針は「本人が望むように」。なので、希望を叶えてあげるのがよいと思います。しかし、医療費もケアの負担も家族にのしかかってきますよね。
在宅ケアを一人で抱えて込んでしまって疲労困憊してしまう。そうなる前に、在宅医療チームが介入してケアの戦略を練ることが肝心です。在宅ケアといっても、日中はデイサービスや宿泊サービスを併用するとか、ケアする家族がリフレッシュできる時間も必要ですからね。
「がんにならずに1日でも長く生きるために食生活で気をつけることはありますか?」
萬田:「何かを食べればがんにならない、食べたらがんが治る」とか、私としてはあまり意味のないことだと思っています。それよりも食べたいもの食べる、したいことをして、ストレスをためないほうがいいと思うんですよね。
倉田:家族は「これを食べた方が健康にいい」とかって、自分がいいと思うことをついさせたくなるものですよね。でも、本当にそれがいいいかどうかなんて、誰にもわからないんですよね。
夫の闘病中、萬田先生に「食べちゃダメなものってあります?」と聞いたら「ないない。何もない。好きなものを食べたらいい」とおっしゃっていましたよね。
萬田:体にいいことをしたら長生きした、死なずにすむということでもないんです。本人の好きなことをできる範囲で支えてあげるのが良いと思います。
「遺された人が後悔しない旅立ち方とはどういうものでしょうか」
萬田:夫婦でも、親子でも、必ずどちらかが先に死にます。人は誰でもいつ死ぬかわかりませんよね。死ぬ間際や、死んでから悔やんでも遅いですよね。日頃から「これが最期でもいいように」という気持ちで、友達や家族と笑顔で接しておくのがいいですよ。
最後の顔が笑顔だといいんですよ。「楽しかったよ~」って。職業柄、人の死に立ち会う機会は多いのですが、3日前に会った友人が突然亡くなった時はショックでした。その友達と別れるときにはお互い笑顔だったんですよ。そのことにすごく救われました。つらい顔をしていたら心残りだっただろうなと。それ以降、人との別れ際は絶対に「笑顔で」と決めていますし、努力もしています。
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倉田:今日はみなさん、本当にありがとうございました。日本では家で死ぬことがまだまれなケースになってしまっているのはもったいないと思うんです。
夫が選択した「最期まで自宅で好きなように過ごす「家で死ぬ」という選択が、少しでも身近になるといいと思っています。
――人は早晩、誰かとの別れに直面するもの。その時のためにどんな準備をして、どんな心構えが必要なのか、自身や家族の生き方に思いを馳せることができた心温まるイベントだった。
撮影/五十嵐美弥 取材・文/桜田容子
