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認知症になった85歳母を93歳父が老老介護…ある日、鼻歌を歌いながら家事を始めた父 娘・信友直子監督「介護を通して、両親は深い愛情で結ばれていたことを知りました」

2018年に発表した両親の“老老介護”の記録映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』が大ヒットして文化庁映画賞文化記録映画大賞などを受賞し、2022年には続編映画も公開した映画監督の信友直子さん(63歳)。93歳の父が85歳で認知症の母を介護する老老介護がスタートし、信友さんは全く家事をしたことがない父に介護ができるのかと心配していたという。信友さんが母の認知症に気づいたきっかけや、介護を通して知った両親の深い愛情を語った。

認知症の始まりは、小さな違和感の積み重ねだった

――お母さんの認知症に気づいたきっかけを教えてください。

信友さん:都内で暮らす私は実家の広島から離れているので、母とはよく電話をしていました。母はその日にあった出来事をおもしろおかしく話すのが得意なのですが、以前話したのと全く同じ話をするので、冗談かと思って「前にも聞いたよ」と言うと、息をのむような気配が伝わってきたんですね。

その直後に、母は失敗をごまかすように、けたたましい笑い声をあげたんです。おそらく自身の変化に気づかれたくなくて、必要以上に大きな笑い声を立てたのかと。それがすごく気になって、実家に帰ってみたら、おかしなことがいっぱい起きていたんです。認知症あるあるだと思いますが、たくさんストックがあるものを買ってくるとか、冷蔵庫に入れる必要のないものが入っているとか。

父は耳が遠くなっていたので、母との会話で異変に気がつくというよりは、母によく怒られるようになったと言うんですね。父としては普通のことを言っているつもりなのに、母が瞬間湯沸し器みたいにカッと怒り出すって。怒る理由としては「お父さんは私のことをバカにしとる」って言うんだけど、父はそんなつもりは全くないし、どこに地雷があるのか分からないからオロオロしながら暮らしていました。

認知症テストを「予習」して、大丈夫だったと大喜び

信友さん:母を病院に連れて行き検査を受けましたが、母は認知症だと認めたくなかったようで。認知症テストの長谷川式スケールってご存じですか? 設問がいくつかあって、30点満点で20点以下だったら認知症の疑いがあるというものです。

その質問は決まっているので、母は予習していたんです。後から知ったんですけど、勉強していた形跡があって。予習しているから、質問にすぐ答えられるわけですよ。「野菜の名前を思いつくだけ言ってください」という問いに、「待ってました!」とばかりにいっぱい答えるんです(笑い)。

それで30点満点中29点取り、母は「私は大丈夫だったんだ!」と大喜びでした。テストを受けた病院に紹介状を書いたかかりつけ医のところに乗り込み、「先生は私がおかしいと思うとったじゃろうけど、私は29点も取ったんじゃけんね!」って言って。先生はびっくりしていました。よほどうれしかったのか、母はお友達にも言いふらしてましたね(苦笑)。

それが2012年6月でしたが、当然ですが、少しずつ症状が悪化していきました。それで2014年の年明けにまた病院に連れて行ったんです。病名がつかないと薬を処方してもらえませんから。認知症を治す薬は今でもありませんが、相性が良ければ進行を遅らせられる薬は当時からいくつかあったので、早く試したかったんです。2回目はもう「今日は何年何月何日ですか?」という最初の質問にも答えられなくなっていました。

――お母さんが認知症になり、お父さんが介護をすることになるんですね。

信友さん:アルツハイマー型認知症って診断がついたのが、2014年1月。父は93歳になっていたので、1人で85歳の母の面倒を見るのは無理だと思いました。家のことは全て母がしていたので、父は家事を一切したことがありませんでしたしね。親戚から「一人娘のあんたが帰らんでどうするんだ」というプレッシャーもあったので、実家に帰ろうと思っていたんです。私は独り身のフリーランスなので、次の仕事を断れば帰れるなって。

そうしたら、ガンガン言ってくる親戚の前で父が、「あんたはそう言うけども、わしが生きとるうちは年金もあるが、わしも90代でいつ死ぬかわからん。介護はいつかは終わるんじゃ。その時仕事のブランクが原因で娘にもう仕事の声がかからんかったら、あんたが娘の面倒を見てくれるんか!」とピシャリと言ってくれたんです。親戚はトーンダウンしました。

私も父に「これからの自分の人生を考えろ」と言われました。そうですよね。母の介護が終わっても、自分の人生は続いていくんですから。それに、経済的な基盤がないと人に優しくすることもできないって、改めて思ったんです。

介護を通して知った、両親の深い愛情

――両親は2人暮らし、どんな老老介護だったのでしょうか?

信友さん:父は家事を全くやっていなかったので、90代から始めてもうまくいかないだろうなと思っていたんです。だけど、割とポテンシャルが高くて何でもできたことに驚いたのですが、さらに父は私の想像を超えていました。

父が家事をしていると、母は「私がこんなことになってしまったから、お父さんに迷惑をかけよる」って悲しむんです。夫の世話をしていることが長年のプライドだったんでしょうね。落ち込む母の姿を見て、ある日から、父は鼻歌を歌いながら家事をし始めたんです。まるで元々家事が好きだったかのようにお芝居を打ったんですね。

そうすると、母は「お父さんは鼻歌を歌いながら洗濯をしよる、好きなことしよるならいいか」って、笑顔に戻ったんです。「どうしたらおっかぁが苦しまんで済むか」と考えた父の優しさが伝わってきて、娘ながら感動しました。

母は2018年9月に脳梗塞で入院することになりますが、それまで父は自宅で母の介護を続けました。また、入院先の病院には毎日、片道1時間の道をシルバーカーを押して面会に通っていました。母が元気な頃は、私には特に仲のいい夫婦には見えませんでした。むしろお互いに好きなことをしているドライな関係にさえ見えていたのですが、介護を通して、両親は深い愛情で結ばれていたことを知りました。

◆映画監督、TVディレクター・信友直子

のぶとも・なおこ/1961年12月14日、広島県生まれ。2009年、自らの乳がん闘病記録『おっぱいと東京タワー~私の乳がん日記』でニューヨークフェスティバル銀賞、ギャラクシー賞奨励賞などを受賞。2018年に発表した両親の老老介護の記録映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』が大ヒット、文化庁映画賞文化記録映画大賞などを受賞。2022年には続編映画も公開した。現在は、104歳になった父と呉市の実家で同居しつつ、講演会で全国を飛び回っている。

撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香

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