高齢の親に《遺言書》を書いてもらうべきか?「判断能力がある元気なうちに準備を」【弁護士解説】
90代になる記者の母は、最近体力が衰えたせいか、自分がいなくなった後のことについて心配するようになった。これまでは遠慮していたが、高齢の親にエンディングノートや遺言書など終活の準備をしてもらった方がいいのだろうか。相続や遺言書に詳しい弁護士に伺った。
教えてくれた人
弁護士・本田桂子さん
行政書士、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーを経て司法試験合格。2018年、弁護士登録。遺言・相続・民事信託を得意とする東京・大田区の法律事務所で、相続に悩む中高年の相談にのっている。自分で遺言書を書くための『誰でも簡単につくれる遺言書キット 法務局保管制度対応版』など、終活に関する著書多数。
なるべく元気なうちに「遺言書」の作成を
「よく遺言書を作るのは年をとってからとか病気になってからでいいというかたがいますが、実際にそうなってから作ろうとしても手遅れのことが多いんです。
もし、自分に何かあったときに家族が預貯金の解約などで困らないようにしたいのなら、元気なうちに遺言書を準備しておくことをおすすめします。認知症で判断能力がなくなってしまうと遺言書も作成できませんし、作れたとしても将来、無効となるおそれがあるので注意しましょう」
こう話すのは、高齢者とその家族から相続や遺言について多くの相談にのってきた弁護士の本田桂子さんだ。
「遺言書はおもに、遺言を書く本人の預貯金・証券・不動産などの財産を誰にどのように遺したいかということがメインとなります。法的に有効な遺言書があればスムーズに遺産の承継ができ、相続トラブルを防ぐことができるので、残された家族は助かります」(本田さん、以下同)
相続する財産はそれほど多くないが…
相続財産がなくても、遺言書は必要なのだろうか。
「普通に暮らしている人で、全く財産がないという人はいないでしょう。金額の多い少ないに関わらず、預貯金など名義変更が必要な財産があるのなら、遺言書を書く意義はあります。
たとえば父親が亡くなった場合、預貯金の解約や不動産の名義変更には母親と子供全員の同意と印鑑証明書などの書類が必要となります。その際、母親が認知症で判断能力がなかったり、引きこもりや行方不明の子供がいた場合は、相続手続きが難しくなります。
もし、父親が生前、法的に有効な遺言書を作成し、誰がどの財産を相続するかを指定してあれば、原則としてその財産を受け取る人だけの書類(印鑑証明書など)を用意すれば済みます(ただし金融機関によっては、相続人全員の同意や印鑑証明書を求めるケースがあるかもしれません)。
遺言書には、主に『自筆証書遺言』と『公正証書遺言』があります。
自筆証書遺言のほうが作成に手間はかかりませんが、亡くなった後、家庭裁判所で「検認」という手続きが必要で、その際には故人の一生分の戸籍謄本や相続人全員の戸籍謄本なども必要なため、手間がかかります。
公正証書遺言の場合は、作成には手間や費用がかかりますが、検認手続きは不要のためすみやかに相続手続きが行えます。どちらが合っているかは、財産内容や家族関係にもよるでしょう。
遺言執行者を指定してあれば、よりスムーズに手続きできる
公正証書遺言も自筆証書遺言も、『遺言執行者』を指定しておけば、その人だけで遺言書の内容をすべて実行することができます。
個人的な話で恐縮ですが、私の両親は公正証書遺言を作成し、私を遺言執行者に指定していました。おかげで、両親の死後、家庭裁判所での検認の必要もなく、不動産の名義変更や預貯金の解約などすべての手続きを、きょうだいの手を借りずに私ひとりで済ませることができました。
このように、公正証書遺言を作成して遺言執行者を決めておくと、残された家族の手続きがぐんとラクになります。
また、債務もマイナスの財産として相続の対象となります。原則として相続人全員が法定相続人分に応じて債務を引き継ぎますが、事業継承をさせる人にだけ債務を承継させたいなどの意向も遺言書に記しておくことができます。ただし、債権者に承認してもらう必要があるので、必ず実現するわけではありません」
親に遺言書をすすめるタイミング
「遺言書を作るタイミングは、生命保険の見直しをするタイミングと似ています。たとえば、離婚や子どもの結婚など家族関係に変化があったときや、会社を定年退職したとき、不動産を売却して老人ホームに入るときなど、家族関係や財産内容に大きな変化があるときは、遺言書を作るタイミングといえるでしょう。
親に遺言書を書いてもらう提案をするときは、友人や知人、有名人など親がよく知る人が相続で困ったというエピソードを交えて話をすると、興味を抱いてもらいやすくなります。
『遺言書があれば遠方に住む子供が何度も帰省しなくて済んだのに』と、具体的な内容であるほどイメージしやすく、遺言書の必要性を感じてもらえるでしょう。
また、説得力を出すために、まずは自分で遺言書を書いてみるのもおすすめです。『実はこの間、遺言書を書いてみたんだけど』と打ち明ければ、親は必ず『なぜ?』と興味を持つでしょう。
もし、支障がない場合はその遺言書を見せながら、『こうしておくことで、こんなときに困らない』などと具体的に説明すると、『じゃあ私も書いたほうがいいのかな』と自分ごととして考えるようになるはず。身近な人が遺言書を作ると、ハードルがぐんと下がるものです」
高齢の親の遺言書を子供がサポートする方法
「自筆証書遺言の場合、本文は必ず本人が書かなければなりません。しかし、財産目録の部分だけなら家族が代わりに書いたり、不動産の登記事項証明書を取り寄せたりするなど、サポートすることができます。
たとえば、手が震えるなどの理由で親自身で作成するのが難しそうなら、自筆証書遺言ではなく、公証役場に依頼して公正証書遺言を作成してもらうのがいいでしょう。
気を付けなければいけないのは、遺言書には2人以上の者が同一の証書ですることができないという決まりがあることです。夫婦仲がいいと、つい夫婦の連名で1通の遺言書を作りたくなりますが、共同で書く遺言は無効なので注意が必要です。もし互いに配偶者に財産を相続させたい場合は、それぞれが遺言書を作る必要があります。
遺言書を作る際、どんな内容にしようかと夫婦間で相談することは通常、問題ありません。むしろ全く相談しないで作成すると、家族の実情に合わない遺言書になりがちです。
ただし親子間で相談するのがよいのかは、ケースバイケースです。もし特定の子供にたくさん相続させる内容の遺言書を作ろうとしているとわかったら、他の子どもは反発するでしょう。自分に都合のいい遺言書を書いてもらうために、子どもたちがそれぞれ親に言うことを聞かせようとして収拾がつかなくなるケースもあります。
また、同居して将来の介護を頼んでいる子供に遺言書の存在を伝えておくと、子どもが安心して介護ができるという側面もありますが、一方で『どうせ財産をもらえるんだから』と慢心して親の面倒を見なくなる可能性もあるので、慎重にする必要があります」
介護を担った子供に遺産を多く渡せるのか?
「親の介護をした人が、『私はたくさん遺産をもらえるはず』と思っていても、遺言書がなければ、実際はそうならないことが多いです。
なぜなら、介護は家族間で当然すべきことで通常は扶養義務の範囲内と考えられているため、仕事をやめて介護に専念したなどよほどのことがない限り、介護を理由に遺産の上乗せとしての『寄与分』を請求するのは難しいのです。
基本的なことですが、遺産を相続する権利がある人(法定相続人)が配偶者と子供の場合、法定相続分は1/2ずつ。子供が2人いる場合(たとえば長男と長女)、その相続分は1/4ずつとなります。もし長女が親の介護をして、長男は何もしなかった場合でも、長女の相続分が1/4から増えるわけではありません。
もし親が、日頃から介護をしてくれる長女に将来、多めに財産を相続させてあげたいと思うのなら、そのような内容の遺言書(できれば公正証書遺言)を作っておくのが親心といえるのではないでしょうか」
***
今までは親に遺言書をすすめるかを迷っていたが、本田さんのお話を伺い、母との普段の会話の中で、さり気なく話題にしてみようと思った。
取材・文/本上夕貴