R60から知っておきたい《遺言書の基本》Q&A「財産があまりないけど必要?何を書くの?」【弁護士解説】
2020年から遺言書(自筆証書遺言)を法務局に保管する新たな制度が始まり、毎月1500~2000件前後の保管件数※が報告されている。「遺言書を作っておけば、将来、家族が大いに助かります」と話すのは、弁護士の本田桂子さんだ。終活の一環として遺言書に興味をもつR60記者が日頃感じている遺言書の疑問について、本田さんに教えてもらった。
※法務局「遺言書保管制度の利用状況」
https://www.moj.go.jp/MINJI/common_igonsyo/pdf/number.pdf
教えてくれた人
弁護士・本田桂子さん
行政書士、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナーを経て司法試験合格。2018年、弁護士登録。遺言・相続・民事信託を得意とする東京・大田区の法律事務所で、相続に悩む中高年の相談にのっている。自分で遺言書を書くための『誰でも簡単につくれる遺言書キット 法務局保管制度対応版』など、終活に関する著書多数。
「遺言書」の基本Q&A
R60記者の周りにもちらほら終活の一環として遺言書の準備を始める人が増えている。ある独身の知人はがんに罹患し、あわてて遺言書を用意したという。子どもがいない友人は、自分が亡くなったときのことを考え、資産を残す方法について考え始めたそうだ。
日頃は馴染みが薄い遺言書だが、どんな人に必要となるのだろうか。行政書士時代から多くの相続や終活の相談にのってきた弁護士の本田桂子さんに、遺言書の必要性や疑問点などを教えてもらった。
Q.遺言書は誰もが書いておくべき?
「自分にはあまり関係ないと思っていても、いつ人は亡くなるとも限りません。また、うちは財産なんてそんなにないから必要ないだろうと思っている人でも、実際に家族が亡くなって遺言書が残されていると、遺言書があって助かったと思うことがあるはずです」(本田さん、以下同)
本田さんのこれまでの遺言書作成サポート業務の中で、遺言書があってよかった、あるいはなくて困った事例を教えてもらった。
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遺言書があってよかった事例
「子どもと二世帯住宅に住んでいた母親が、自分の持ち分を同居する子どもに相続させるという内容の遺言書(公正証書遺言)を作りました。
将来、自分に何かあっても住み続けられるようにとの配慮からですが、そのおかげで母親の死後、その子は他のきょうだいに協力を求める必要もなく、遺言書を使ってすみやかに自宅の名義変更を行い、安心して住み続けることができました」
遺言書がなくて困った事例
「一般的に、子どものいない夫婦は遺言書を書く必要性が高いです。それは残された配偶者以外に、故人の親や祖父母、きょうだいなども相続人になり、配偶者に遺産を請求するケースがあるからです。
一方で、同じように子どもがいない独身者はどうかというと、意外とこちらもトラブルになるケースが多いんです。たとえば相続人が全くおらず、アパートの大家さんが家財の処分や家賃の未払いに困るケース。
また、独身のおじが亡くなり、残された自宅の処分に甥や姪が頭を悩ますケースもありました。
遺言書があれば、このようなトラブルを防げます。たとえば子どものいない夫婦の場合、きょうだいには遺留分(最低限残された権利)がないため、配偶者に全財産を相続させられます。また独身で子どもがいない場合は、遺産をどうするかという希望のほかに、遺言執行者を指定しておけば死後まわりに迷惑をかけずにすむでしょう」
Q.どんな人に遺言書が必要なの?
「ご本人の家族状況によって、遺言書の必要度合いが違ってきます。とくに家族仲があまり良くない場合やお子さんのいないご夫婦は準備しておいた方がいいでしょう」
【家族状況別 遺言書の必要度】
■必要度/大
・結婚して子どもがいない場合…法的には配偶者だけでなく故人の親や祖父母、きょうだいなども相続人になるので、配偶者が困る可能性が高い。
・再婚して前婚の子どもがいる場合…残された配偶者と前婚の子どもが協力して相続手続きをするのは難しい可能性が高い。
■必要度/中
・独身で子どもがいない(父母や祖父母が亡くなっている)場合…まわりの人が死後の財産処分に困りやすい。特にきょうだいに相続させたくない場合は友人などに遺贈することも考えるとよい。
・既婚(子どもが2人以上)…子ども同士に経済格差があるともめやすい。子どもが結婚している場合、配偶者が相続に口出しをしてもめることもある。
■必要度/小
・既婚(子どもが1人)…相続でもめることはないが、遺言書に主な財産が記載されていると子どもが財産を探す手間がなく、スムーズに手続きできる。
Q.遺言書にはどんなことを書くの?
遺言書に書く内容は、基本的に「いまある財産を、誰にどう相続させるか」です。一般的に不動産や預貯金など名義変更が必要な財産を列挙し、それ以外の財産を誰に相続させるかも記載します。
そのほか、家族へのメッセージや葬儀の方法・お墓の管理などの希望も書くことは可能ですが、法的な強制力がないのであくまでも希望にとどまります。
また、家族が遺言書を開くのは葬儀が終わったあとの可能性が高いので、葬儀の希望を書いてもムダになる可能性があります。もし、葬儀やお墓について希望があるのなら、遺言書ではなく、あらかじめ家族に話しておくか、死後の手続きを第三者にお願いできる『死後事務委任契約』※という形で、信頼できる人に依頼したほうがよいでしょう」
※死後事務委任契約/葬儀や納骨、SNSのアカウント削除など死後に発生する手続きや事務処理を第三者に委任するための契約。
Q.親より子が先立つ場合に備えて、遺言書は準備すべき?
60代記者の知人のなかには、病気で親より先に亡くなるケースも。将来遺される可能性がある親の介護に関する希望や延命、看取りなどについて、自分(子)の遺言書に書いておけるものだろうか。
「遺言書に書けるのは、あくまでも『自分の財産を誰に相続させたいか』など法律で決められたことに限定されていて、それ以外のことを書いても、法的効力がありません。
ただ、遺言書には「付言事項」といって私的なメッセージを書くこともできます。家族への強制力はありませんが、遺言をした人の希望として尊重してもらえることが期待できます。
もし、自分自身(子ども)に持病があるなどして、自分が亡くなった後の親のお世話が心配なのであれば、親と話し合って一緒に対策を考えたり、信頼できる人に将来のことをお願いすることを考えましょう。
たとえば終末期をどう過ごすかについて話し合った内容を、『尊厳死宣言書』と呼ばれる書面を、親子それぞれが公証役場で作ることもできます」
Q.遺言書を書くのに何が必要?
「遺言書の形式には、おもに『公正証書遺言』と『自書証書遺言』の2種類あります。自筆証書遺言は、はじめて遺言書をつくる人でも手軽に取りかかれると思います」
「自書証書遺言の作成に必要なのは、筆記用具と紙、保管するための封筒などです。
遺言書は長年保管することが前提なので、筆記用具は消えにくいものが望ましいです。消えるインクのボールペンは避けましょう。また、薄い色だと時間が経つと読めなくなる可能性があるので、油性の黒いボールペンや筆ペンがいいでしょう。
紙は保存性にすぐれ、書きやすいものがいいです。そして罫線のある便箋がおすすめです。
封筒は必須ではありませんが、遺言書を書いたあと自宅で保管する場合、家族に見られたくないのであれば、封筒に入れて封をしたほうがいいでしょう。
自筆証書遺言の場合、死後そのままでは預貯金の解約などの相続手続きで使うことができず、家庭裁判所の検認手続きが必要です。検認の前に家族などが勝手に開封すると5万円以下の過料が処せられます(行政上の罰則なので刑法上の犯罪ではありませんが、注意が必要です)。ですから、検認の際は封筒に入れたまま提出しましょう。
なお、自書証書遺言は法務局に預けて保管してもらうこともできます(1件につき3900円)。その場合は封筒には入れず遺言書のみを提出します。便箋のサイズなどが決められているので、法務局のサイトなどで確認してから遺言書を作成する必要があります」
Q.書き方がわからないときは、誰に相談すればいいのだろうか?
「弁護士など法律の専門家が運営している信頼できるサイトで調べるほか、自治体が開催している専門家の無料相談を利用するのもいいでしょう。
将来、相続人同士でもめる心配があったり、遺留分の問題が生じそうな場合は、弁護士に相談して文面を考えてもらうのがおすすめです」
また、手順や書き方に不安がある場合は、市販の遺言書キットを利用するのも便利だという。
「自筆証書遺言を作成するのに必要なものをセットにした遺言書キットなら、初めてでも戸惑わずに遺言書を作れます。マニュアルや用紙、封筒などもセットになっているので、手軽に始められると思います」
遺言書作成に必要なのは「想像力」
最後に、本田さんはこうアドバイスする。
「遺言書を作っておけば、将来、家族は大いに助かるはずです。遺言書を作るのに必要なのは、実は想像力なんです。もしも自分が突然死んだときのことを想像してみてください。
あなたの死後、残された家族は葬儀や納骨、役所の手続きなど息つく暇もないでしょう。その中であなたの財産をすべて調査して、それをどう分けるかを話し合い、遺産分割協議書を作って戸籍謄本や印鑑証明書を集め、銀行口座の解約手続きや不動産の登記変更をして…と、残された家族がやるべきことはたくさんあります。
特に、遠方に住んでいる人や仕事や家事育児をしている人には大きな負担です。また、高齢で判断能力が低下していたり、家出して連絡がつかない家族がいたりすると、そこで相続手続きはストップしてしまいます。
『それはちょっと、うちの家族には難しそうだな』『自分の死後、家族に負担をかけたくないな』と思ったら、ぜひご自身がしっかりしているうちに遺言書を書くことをおすすめします」
取材・文/本上夕貴