倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.72「夫と父を失って想うこと」
漫画家の倉田真由美さんの夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎さんが旅立ってから一年目。季節は巡り、穏やかな春――。久しぶりに実家に帰省したときのエピソード。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
夫と父を失って…
私の父は、2年半ほど前に亡くなりました。
夫が他界したのが約一年前、割と近い間隔で身近な人を二人亡くしたことになります。でも、父には申し訳なくなるほど私にとって夫の喪失が大きくて、父のことを思い出すことは少ないです。
父とは、仲が悪かったわけではありません。とはいえ、とても良好な父娘関係だったわけでもありません。
「お父さんのことは好きでしたか?」
と聞かれたら、すんなりとは首肯できずしばらく悩んでしまう、父に対してはそんな複雑な感情があります。
父はいわゆる「昭和の男」で、家事や子育てには熱心でなく、どちらかというと寡黙で陽気とはいえない性格でした。母と夫婦喧嘩をすることも多く、子どもたちとコミュニケーションをとることも上手ではないタイプです。やっぱり親だしいいこともたくさんあったけど、しんどい思い出もたくさんあるから、父についての感情は未だに整理しきれていないように思います。
実家に帰省したときのこと
でも、先日自分でも思いがけない気持ちの動きがありました。
久しぶりに実家に帰省し、仏壇の前に座って手を合わせた時のことです。前回はなかったのか私が気づかなかったのか、色紙が置いてありました。
父は晩年、結果的には短い間でしたがデイサービスに通っていました。まったく家から出ない日が続いていた父が週に何度か外出する、これは母にとってもゆっくり自分のことができる貴重な時間でした。そのデイサービスの介護士さんたちからの寄せ書きと、デイサービス所内での父の写真を貼り付けた色紙でした。
父が、笑っている…
若い頃から笑顔になることは多くなかった父。友だちも少なくて、定年退職してからは一日中母に依存しきりで、母も閉口していた晩年期。そんな父が、最期の最期にこんなに明るい笑顔で人と接しているなんて…。
父の葬式以来、初めて父を想って涙が滲みました。夫を亡くしてからずっと夫のためにしか泣いていなかったけど、私の知らない父の姿を見て、介護士の皆さんの温かい言葉に触れて、父への気持ちに変化が起きました。
人見知りの父だけど、人嫌いなわけではなかったな。高齢になってからは人と会わなかったからますます内にこもってしまっていたけど、若い頃には人との交流をちゃんと楽しんでいた。でも晩年の印象が強くて、そのことを家族中で忘れてしまっていたな。最期に言葉を交わした時、もっと話せばよかった…。
本人はもうこの世界からいなくなっていても、残った人の中でその印象が変化することがあると知りました。
実家から帰宅後、やっぱり思い出すのは夫のことばかりなのだけど、たまに出てくる父は少し姿を変えました。以前よりほんのり柔らかく、明るさを帯びたような気がします。