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連載

【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第47回 悔いのなく、母も私も幸せを感じていたい」

 写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんによる、フォトエッセイ。父亡き後認知症を発症した母と暮らすために、千葉県勝浦市に住まいを移した飯田さん。新たな家族、犬のハルを迎えたことや酷暑で、施設に短期間ステイする機会が増えてきた母との近況を綴っていただきました。

母、施設から帰ってくる

 3か月間の施設入所が一区切り、母が帰宅した。しかし、今年は、9月に入ってからも、昨年にも増して暑さが引かない日々が続いていため、自宅に戻った母が、またエアコンを消してしまい熱中症になるのではないか、という心配もあったので、母が帰宅してからしばらくは私も家にいるように予定を調整した。

 退所の3日前には、群馬へ出張していた私の携帯に施設からの着信履歴を見つけ一瞬ドキリとしたこともあった。

 施設によると「つまずいて転倒して膝をついたようです。今のところ骨折とかはなさそうで様子を見ています」ということだった。

「今回で転倒したのは3回目ですね。一瞬の事ですからしょうがないですよ。もうすぐ帰宅すると母に伝えてくださいね。いつもありがとうございます」と私。

 この夏の酷暑を安全に施設で過ごせてよかったと思う。母も90歳を超えてからは、足腰の弱さが顕著になってきたようだ。

 施設の生活では、エアコンの効いた部屋にいることで熱中症の心配はないものの、太陽にはほぼ当たらない。そのため、体内でのビタミンDの生成も減り、そのせいで、骨が脆くなったかもしれない。痛し痒しだ。

 母が自宅にいる間は、なるべく庭に出て太陽を浴びる機会を作るようにしようと思う。

長岡花火を撮影しに

 少し前の話になるが、今年、私は3年ぶりに新潟の長岡花火の撮影の機会に恵まれた。

 長岡花火は戦時中に空襲で街が焦土と化し、多くの犠牲者を出した8月1日を忘れぬように、毎年、8月2日・3日に慰霊・鎮魂の想いを込めて開催されている。

 花火大会開催のスタートを切るのは、「白菊」と名付けられた白一色のシンプルな10号玉。まだ夕焼けと宵が入り混じる、青みがかった空に、静かに花開く花火には、祈りが込められているのだ。

 今回は、温泉や旅に関するエッセイやノンフィクションの作家として活躍されている長年の友人、山崎(崎のつくりは、立)まゆみさんに誘っていただきプレス席での撮影だった。

 山崎さんは、10年前に、半世紀以上にわたって長岡花火を打ち上げ続けてきた花火師・嘉瀬誠次さん(享年102)の半生を追ったドキュメンタリーを『白菊-shiragiku-: 伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』(小学館刊)という1冊の本にまとめ出版しているのだが、その表紙の写真を私が撮影した。2人揃って夜空に打ち上げられる花々を見上げるのは、実は初めてだ。 

 花火の会場の行き来も混雑が予想されたので、山崎さんのご実家をベースにさせていただき長岡の地元モードで花火に臨むことになった。

『白菊』の表紙撮影の頃は、山崎さんのお父様はご健在で、重い三脚とカメラを気遣って車で会場近くまで送っていただいたし、お母様は祭りの料理でもてなしてくださった。それから、月日は経ち、お父様は数年前に他界され、今は、お母様がお一人で暮らしている。

「飯田さんが来るのを母が楽しみにしています!」そんな山崎さんの言葉を胸に私も楽しみにして、お母様にお目にかかった。まだまだ私の母よりかなりお若い。

「月に1回は帰省して母にご飯作ったり、喝を入れています!」という山崎さん。でも「ここ1か月、腰を悪くして車も運転を控えるようになったら、途端に弱ってきているんです」とのことだった。

「確かに声が小さい気がする」と私。「そうでしょう?でも、この話し方が母の母、祖母にもうそっくりになってきて」と山崎さん。私の母も祖母に似てきている。恐るべし遺伝子。ということは、山崎さんも私も、いずれは同じ道…!?

 高齢者の免許返上を促す傾向も世間にはあるが、運転できなくなると途端に行動範囲が狭くなる。そのせいで、なんだか希望もなくなる気がする。特に地方の街では、これまで自分で運転してサークル活動に出かけたり、買い物に行くことが日常だった人にとっては、生活の足がなくなってしまう大問題なのだ。

「今ね、リハビリしてるのよ。それで高齢者でも安全なセーフティー装備のある車をまた買おうと思うんだけどね」と言う山崎さんのお母様に「それがいいですよ!まだまだできる年齢ですから、乗りやすい素敵な車も今はたくさんありますよね」と私。

 高齢者の運転に関しては、いろいろな視点で対処を考える必要があると思っている。

 また、長岡では先日、愛犬を亡くされたと憂いている友人にも会った。共に暮らしてきて、家族の一員であるペットとは、言葉を交わさずとも通じ合え、寝ても覚めても頭から離れない存在。その寂しさ思うと、胸が痛んだ。自分もいつかはきっと同じ道。そのための心の準備をするわけではないが、想像の中で覚悟は決めておく。

 皆、色々な事情を背負いつつ老いと向き合っている。気分の辛さや楽しみは、人それぞれで、他の人にわかってもらえないこともあるだろう。でも、他者と、少しでも気持ちを共有できたらどんなにか楽なのではないか。

 そんなことをあれこれと考えながら、見上げる花火は荘厳だった。夜空をかき混ぜるような炸裂音に山崎さんと2人で心震わせながら鑑賞した。

「そうですか、母、車にまた乗るって言ってましたか?ああ、それはよかった〜。まだまだ元気でいてほしいですから」と山崎さんのほっとしたような笑顔を花火が照らしていた。

介護は塩梅、バランスが大切

 介護と子育ては、似ている部分が多いのかもしれない。大切にしすぎたり、甘やかし過ぎてもいいことはなく、かといって放置しておいては愛情が通わない。塩梅、バランスがきっと大切なのだ。

 このたび、施設から帰って来る母を迎えに行くとき、私は母をまた家に迎え入れられることが心底嬉しかった。それは昨年夏を振り返っても、これほどまでに嬉しく感じていなかったなあ、という感覚だった。

 犬のハルもひとまわり大人になった。

 今のわたしは、シングルハンドでマルチタスクだ。でも、そんなこと気にしなくてもいい。逆に1人だから誰に気兼ねすることなく母と対峙できるのだし。

 ケアマネさんの交代があり、このたびは男性になった。ケアマネさんの役割も今になってようやく理解でき、頼りにしつつ頼りにし過ぎない塩梅も少しはわかってきた。

 介護のレンタル用品やサービス、と色々な提案をしてくれるのはありがたい。でも、全てを鵜呑みにしてしまっては本末転倒になるときもある。

 介護はプロに任せて…とは言っても、今の介護現場は離職率も高く人材を留めるのに精一杯な状況で、なにもかもプロ任せにできるわけではない。

「私は母とどんな暮らしを望んでいるのだろう?母のどんな顔が見たいのだろう…?」

 自問自答してみる。

 無理はせずに、でも後悔のない介護にしたい!

 自分の本音を掘り下げて、その時々の感情を確認する。「母も私も幸せを感じられている?」と。

 幸せの大きさは測ることはできないので、小さいとか大きいとかではなく、何と比べることなくただ感情を俯瞰し、意識してみる。

 母が帰宅する直前、庭の花たちもそれを知っているかのようにパープルセイジやカンナの秋バージョンが花開いた。

 父の仏壇の缶ビールも秋のバージョンに替え、好物だった栗のお菓子をお供えした。

 ああ、こんなことをやっている私は、全く自分では予想外だったが、このような日々に愛着を覚えている自分が今いるのだった。

* * *

「介護という旅の途中に」は、今回が最終回です。飯田裕子さんとお母様の日々は、温かく穏やかにこれからもずっと続くことでしょう。また、スペシャル回で近況をご報告していただきます。

【バックナンバーを読む】

→第46話を読む

写真・文/飯田裕子(いいだ・ゆうこ)

写真家・ハーバリスト。 (公社)日本写真家協会会員1960年東京生まれ、船橋育ち。現在は千葉県勝浦市で母と犬との暮らし。仕事で国内外を旅し雑誌メディアに掲載。好きなフィールドは南太平洋。最近の趣味はガーデン作り。また、世田谷区と長く友好関係を持つ群馬県川場村の撮影も長く続けている。写真展に「海からの便りII」Nikon The garelly、など多数。
写真集に「海からの便りII」「長崎の教会」『Bula Fiji」など。

HP: https://yukoiida.com/

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