『盲導犬クイールの一生』の著者が犬猫と暮らせる特養に密着!人も犬も猫も共に老いていく施設を広く伝えたい理由とは
犬や猫と暮らせる介護施設があることをご存じだろうか。神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、最期のときを迎える高齢者たちを、ベッドに寄り添い、静かに看取り、おくる犬や猫がいる。大ベストセラー『盲導犬クイールの一生』の著者・石黒謙吾さんが、「犬と猫、人がみんな一緒に老いていく」老人ホームに密着、その日常を追いかけた新著『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』(光文社)から、一部抜粋、石黒さんがこの施設のことを本にしたきっかけと強い思いを紹介する。
人の死を看取る犬の存在を知ったとき(「おわりに的なはじめに」より)
「人間の死を看取る犬がいる」その事実を知ったのは、2022年秋のこと。大げさではなく、衝撃でした。老人ホームで最期の時を迎える老人たちのベッドに寄り添い、身体を擦りつけ、顔を舐め、そして傍らで静かに、おくる。そんな犬の姿に心が揺れました。それは、神奈川県・横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」と、そこに暮らす犬、文福(ぶんぷく)を追ったNHKのドキュメンタリー番組の映像。さらにそこでは、ほかにもたくさんの犬や猫が、入居者たちと一緒に暮らしていることを知ったのです。
その夜、あまりの興奮とともにさまざまな思いが駆け巡り、考えました。「このホームのことは本に残さねば」と。翌朝早く起きネット検索で調べると、いくつもの記事が見つかり、さらに、施設長である若山三千彦さんの著書『看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語』や、連載中のネット記事の存在も確認しました。
すでに当事者である若山さんの著書まであるのに、さらに本を作る意味があるのか? そう自問自答しつつ、施設に申し出の連絡をすべきかどうか逡巡。しかしここで考えます。10年間続いてきたこのホームの素晴らしい取り組みについて、僕自身が今まで知らなかったわけだから、まだまだ多くの人に広く知ってもらいたい。そこに向かってできることとして、まずは打診してみるべきだろう。そう決意しすぐに電話をしました。
電話口で若山さんは快諾。早々に打ち合わせに伺いお話しして、正式に企画の仕込みがスタートとなり、そこで驚いたことが。若山さんが最初に文福に関する著書を出した出版社(現在は宝島社から再刊行)の方が、なんと僕が懇意にしている人だったのです。
その方が若山さんのもとを訪れて執筆を勧めてきた時、「私の知人に『盲導犬クイールの一生』の著者がいまして、あのような、犬に関わる、心打つ本を残しましょう」と言われたことで、迷っていた若山さんは背中を押されて決めたというのです。
この縁には深く感ずるところがありました。『盲導犬クイールの一生』は、企画してから4年以上で刊行という長い月日がかかったのですが、さまざまな苦難と奇縁が錯綜して進んでいきました。そして、若山さんを訪ねた日、文福をモノクロ写真に収め、帰宅してプリントアウトしてから気づいたのです。その顔立ちはクイールに似ているなと。
こうして、10月に横須賀通いが始まります。
本一冊分の紙数では、書いてあるエピソードも表層しか伝えられていません。だからこそ、限られたスペース内で読者の方に写真とシンプルな文章で大筋を伝え、「さくらの里 山科」の概要や理念、犬猫人のつながり、などを知ってもらいたいと考えました。
そして、この本を読んだことがきっかけで、本書収録以外にもたくさんある心打つ話を、若山さんの著書やネット記事連載で読んで頂きたいのです。そこからさらに、老人ホームの理念、実態、課題、老人福祉のこと、動物保護問題などへと意識を広げていって頂けるといいな。そんな思いを込めて本づくりを進めました。
盲導犬、聴導犬、動物保護関連をはじめ、盲導犬使用者、盲導犬ボランティア、パピーウォーカー、リタイア犬ウォーカー、ほか犬や猫の本をいろいろと手掛けてきましたが、また新たなジャンルとして「老人問題」とも関わる一冊を残せたことは、僕にとって有意義なことでした。伯父2人は獣医師だったのですが、それとは違ったアプローチで、極めて微力ではありますが、犬や猫や彼らを愛する人の役に立てたら嬉しいです。
そして今、僕がイメージしているのは、いつか、友人が、親族が、家族が、そしてなにより自分が、犬や猫と一緒に老人ホームに入ることです。
【データ】
さくらの里 山科
社会福祉法人「心の会」特別養護老人ホーム。
神奈川県横須賀市太田和5-86-1
http://sakura2000.jp/publics/index/8/
文・撮影/石黒謙吾
著述家。編集者。1961年金沢市生まれ。著書に、映画化されたベストセラー『盲導犬クイールの一生』をはじめ、『2択思考』『分類脳で地アタマが良くなる』『図解でユカイ』『エア新書』短編集『犬がいたから』『どうして? 犬を愛するすべての人へ』(原作・ジム・ウィリス・絵・木内達朗)、『シベリア抑留 絵画が記録した命と尊厳』(絵・勇崎作衛)、『ベルギービール大全』(三輪一記と共著)など幅広いジャンルで活躍。プロデュース・編集した書籍は、『世界のアニマルシェルターは、犬や猫を生かす場所だった』(本庄萌)、『犬と、いのち』(文・渡辺眞子、写真・山口美智子)、『ネコの吸い方』(坂本美雨)、『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』(石黒由紀子)、『負け美女』(犬山紙子)、『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』(中本裕己)、『ナガオカケンメイの考え』(ナガオカケンメイ)、『親父の納棺』(柳瀬博一、絵・日暮えむ)、『教養としてのラーメン』(青木健)、『餃子の創り方』(パラダイス山元)、『昭和遺産へ、巡礼1703景』(平山雄)など280冊を数える。