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兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第170回 傘が開けない】

 ライターのツガエマナミコさんが同居する兄は若年性認知症を患っています。病状が進行する中、マナミコさんのサポートも多岐にわたってきました。排泄のトラブル処理はもちろん大変ですが、病院の付き添い、デイケアの送り迎え、そして、スーパーへの買い出しなど、兄と一緒のお出かけにもひと苦労あるようです。

 * * *

「はぁ?わざとですか?」と言いたい気持ち…

 兄と一緒にお買い物に行きますと、いろいろ大変でございます。

 入り口で手指を消毒することをまったく覚えてくれませんし、カゴを持ってくれるのはありがたいのですが、果物などの商品の上にカゴが当たっていても気づかないですし、すぐに「重いな」と弱音を吐きますし、レジが終わってマイバッグに入れる際には、カゴの一番上にあるパンなどから入れてしまうのでとても任せられません。

「硬くて重いものから入れてね」と言うとバナナを持って「これ?」と言ったりするので「違うやろー!」とイラっといたします。それが毎回にもなると、何を言うのも嫌になり、全部わたくしがやってしまうほうがはるかに労力もストレスも軽減できると知りました。

 雨の日ともなると、スーパーの入り口にある傘袋の装着機も、帰りに袋を外すこともわたくしの仕事。モタモタしているとほかの方の迷惑になるので自力でやらせることはできません。

 最近驚いたのは、家に着いて玄関先に濡れた傘を開いて干し、兄に「この傘と同じように、傘を開いて置いてくれる?」と言うと、「え?傘?」と言ったことでございます。

「今、手に持っているそれだよ」と兄が持っている傘を指さしたのですが、エコバッグのほうを持ち上げて「これ?」と言うので、「違う違う。反対の手に持っているやつ」と言うと、なんと傘とエコバッグを反対の手に持ち替えて、やっぱりエコバッグを差し出して「こっち?」と言うのです。

「はぁ?わざとですか?」と言いたくなる気持ち、わかっていただけますか? でもグッとこらえて兄の手首に掛かっている傘の柄をむんずと掴んで「こ~れ。これが傘っていうの」と申し上げました。「あ、うんうん」と言う兄に、「それを開いてこの傘の隣に置いてくれる?」と言ってみると、傘の扱いに戸惑うではありませんか。今しがたお買い物の行き帰りには、何も言わずとも自力で開閉していたのに…でございます。

 そこに雨が降って、傘を持っていれば自然に開けるのに、「傘を開いて」と言われたら何をどうするかわからない兄。言葉を理解できるのは記憶力の賜物なのだと痛感したツガエでございます。

 記憶を司る脳の萎縮、その原因がたんぱく質の老廃物(アミロイドβ)の蓄積といわれているのがアルツハイマー型認知症でございます。

 亡き母親がアルツハイマー、兄も現役アルツハイマー、叔父や叔母にも認知症がいるという認知症サラブレッドのわたくしがこの遺伝子に抗うためには何が必要でしょうか?

 不眠が認知症リスクを高めるといわれております。一部の研究によると、不眠があると発症リスクが1.5倍になるそうでございます。

 その点、わたくしは夢も見ない熟睡型。横になれば5分で寝てしまうくらいの寝つきの良さも自慢です。そのせいで、聞きたかった深夜ラジオもオープニングを聴く前に寝落ちして、何度悔しい思いをしたことか。でも、この健全な睡眠が認知症というダークサイドに引きずり込まれるのを遅らせていると確信しております。近頃は夜10時だろうが9時半だろうが、眠気に逆らわないようにしております。「寝すぎか?」と思いきや、人は起床時間から14~16時間後に眠気がやってくるのが自然だそうでございます。深夜2~3時でも目がさえて、「今日は調子がいいな」と思うときもありますが、脳にとっては残業みたいなもので、決していいことではないようです。

 脳の老廃物のお掃除能力がもっとも高まるのが睡眠中だそうでございます。若い頃は夜遊びするのがかっこよく思え、睡眠時間を惜しんで仕事や遊びを優先してしまうものですが、そうしている間にも脳には老廃物が溜まっております。

 記憶を司る脳が萎縮を続けると言葉を忘れ、きっと「考える」ということもし難くなります。20~30年後の世の中が兄のような人たちばかりにならないことを祈っております。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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