従来の放射線治療では困難ながんに有効な「重粒子線治療」
重粒子線治療は炭素イオンを加速器で光の速さの70%まで加速し、がんをピンポイントで殺傷する治療である。
X線が体をそのまま透過するのに対し、重粒子線は任意の場所と深さで線量がピークとなり、そこで停止させることが可能だ。このため、周囲の正常細胞への障害を避けることができ、X線での治療が難しい膵がんや直腸がんなど腺がんに対する新治療として期待されている。
放射線治療は手術、抗がん剤と並んで、がんに対する三大治療の一つだ。近年、放射線照射装置の進歩により、線量集中性の高い照射ができるようになり、治療成績が格段に向上した。放射線治療にはX線を中心とした光子線と、陽子線や重粒子線などの粒子があり、それぞれ特徴が違う。
周囲への影響が最小限で照射ができる
世界初の医療用重粒子線治療施設を稼働させた、量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所重粒子線治療研究部の山田滋部長の話。
「照射されたX線は身体を通り抜ける性質があり、皮膚の真下で線量がピークになり、その後は線量が穏やかに下がっていきます。がんだけに放射線が当たり、周囲の正常細胞を避けることが理想ですが、X線の場合は、がんの裏側にある正常な臓器にも、ほぼ同じ線量が当たります。それに対し、陽子線や重粒子線は、がんのある場所の深さで線量がピークとなって停止するので、周囲への影響を最小限にできます」
陽子線は水素という軽い元素の原子核を加速したもの。炭素イオンを加速した重粒子線と比べると重さは12分の1と軽い。陽子線がパチンコ玉だとすれば、重粒子線はゴルフボールのようなもので、この重さの違いが、がん細胞に当たったときのパワーの差となる。
例えば、がん細胞に照射すると陽子線は一重鎖切断といって、がん細胞内のDNAの二重らせんのうち、1本しか切断されないことが多い。これはX線と、ほぼ同じ程度だ。それに対して重粒子線は、がん細胞のDNAの二重らせんを2本同時に切断する二重鎖切断が主であり、がん細胞に修復困難なダメージを与えられる。
術後の再発がんの治療成績も良好
1回の照射量も違う。X線では2グレイ(放射線の照射単位)程度を25〜35回と少量を多数回照射することで、がん細胞にダメージを与える。
それに対して重粒子線は例えば、肝臓がんでは2回照射で総線量48グレイと高い線量を照射する。初期の肺がんであれば、1回の照射だけで治療が終了することもある。
頭頸部がんでは腺様嚢胞がん、悪性黒色腫などのX線抵抗性腫瘍も多く、さらに周囲の脳・脊髄などを避ける必要があり、通常の放射線は十分な効果を得られない。
重粒子線治療では事前にCTやMRIなどの画像を使い、がんの位置や大きさ、深さを確定。多方向から、がん細胞にだけ当たるように計算し、照射することで正常細胞を守る。
「X線で照射した場合、低酸素細胞では通常の酸素濃度の細胞に比べて約3倍の抵抗性です。重粒子線の場合は低酸素でも効果を発揮するので、手術後の再発がんでも、治療成績は良好です」(山田部長)
重粒子線治療施設は全国に6か所。手術が難しい骨軟部腫瘍に加え、2018年4月からは前立腺がんと頭頸部がん(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)が保険適用になっている。
取材・構成/岩城レイ子