兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第145回 早くも限界か!?実況中継】
若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんですが、いま、大変な危機に直面しています。兄が背後からツガエさんの体に触れようとした気配を感じ、戦慄したその日の出来事をリアルタイムに綴ります。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考える…どころではないっ!
* * *
枕を抱えた兄が部屋にやってきた
我が家は恐怖の館と化しました。
只今、前回の『「やめてよっ」事件』の日の夜9時30分でございます。
夕食後にわたくしが部屋にこもるとリビングでテレビを観ていた兄がわたくしの部屋の引き戸を開けて「中に入れて」と言うのです。これは「やばい」と思いませんか?
「イヤだ。ここはわたしの部屋で、お兄ちゃんの部屋はあっちだから」と言うと、「どこ?」と言うので、徒歩5~6歩の距離をご案内いたしました。兄部屋のドアを開けると「うん、ここね、わかったわかった」と言うので安心してわたくしが部屋に戻ると、間もなく今度は枕を手にやってきて「こっちに入れてくれる?」と言ってきました。
今にも入ってきそうになる兄を制して「イヤだよ!」と強めに言うと「なんで?」と返してきたので「そういうの気持ち悪いから絶対イヤだ」と言うと寂しそうな顔をして「じゃ、ここで(リビング)寝ていい?」と言うのです。
逆になぜ急にそんなことを言い出すのかが気になって、「なんで? あっちの部屋がイヤなの? なんでイヤなの?」と問い詰めてみましたが、兄は「いや、別にそんなことない」とおっしゃりながらオズオズと自室に引っ込んでいきました。
でもしばらくするとまた廊下を近づいてくる音がして、引き戸の向こうに気配を感じました。戸一枚を隔てて息を殺して対峙している兄が不気味だったので、こちらから戸を開けて「何?」と訊くと「いや、別に、まだ起きてるのかなぁと思って」と適当なことをのたまいました。「まだしばらくは起きてるよ。起きてお仕事しているから」とバシッと言ってやったら「そりゃすみません。お邪魔しました」と言って退散いたしました。
「やれやれ困ったことになったぞ」と思いながら、わたくしの心臓は早鐘のようでございます。取り急ぎ、今夜の安全を確保するためには、引き戸を開けられないように対策しなければなりません。じつはこうしている間にも兄は廊下をウロウロしています。幸いにも我が家の廊下は部分的にギシギシ音が鳴りまして、どんな忍び足でも危険が近づいていることを知らせてくれます。
ホラーと申しましょうかサスペンスと申しましょうか、今わたくし、冗談抜きで得体のしれない恐怖を感じております。
取り急ぎ、手元にある養生テープで引き戸を開け難くすることぐらいが精いっぱい。トイレに行きたくても部屋を出るのが怖いです。万が一のため、護身用にカッターナイフをポケットに入れ、鍵とスマホとマスクを身に着けて、今こうして原稿を書いております。
~数十分後~
トイレと歯磨きのために、意を決して養生テープを取り外し、戸を開けると案の定兄がリビングに立っておりました。「何かご用?」と先制パンチをくらわすと「ボク、ここで(リビング)寝るの?」とのたまうので、「自分の部屋で寝ればいいじゃん」と申し上げました。「部屋あるの?」と、また適当なことをのたまうので、再び部屋までご案内し、兄自身にドアを開けさせ、電気を点けさせ、「そこがお兄ちゃんの部屋だよ」と説明すると、敷いてある布団を指して「ここで寝ればいいのね」と兄が言うので、「そうそう。じゃ、部屋に入って電気を消して寝てくださいな。おやすみなさい」とあいさつをいたしました。兄が部屋の扉を閉めて電気を消すまで、腕組み状態で仁王立ちし、そのあと急いでトイレを済ませ、歯磨きをし、リビングのエアコンを消し、ラップしてあったご飯を冷凍庫に入れました。
再び部屋の引き戸に養生テープをし、今に至っております。また廊下がギシギシしております。しつこく近づく足音におびえながら、今夜は一夜を過ごすことになりそうでございます。ショートステイをすっ飛ばしていきなり施設入居に突入か?! 逆にわたくしが明日からホテル住まいしたいほどのピンチ。次週は何を書くことやら……。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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