兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第140回 ベラオシ封じの仕返しか】
一緒に暮らす兄は若年性認知症…。ライターのツガエマナミコさんは、日常の世話や病院への付き添いなど、日々兄のサポートをしています。現在、もっぱらツガエさんを悩ませているのは、兄の排泄問題。最近は、落ち着いていた“大きい方”でしたが、ここにきてまた事件が起きてしまいました。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
お尻周りがブラウンに…
マンションの大規模修繕工事が始まって3か月目に入りました。狭い吹き抜け部分も含めてくまなく足場が組まれ、外壁の張り替えや、塗り替えなどが行われております。平日は工事人さまが作業しやすいように朝から分厚いカーテンを閉じたまま、電気をつけて生活しているツガエ家でございます。
そんな中、ついに補助錠を入手いたしました。
待っていてもぜんぜん来ないので、「ください」と言いに行ったらあっさり。もっと早く言えばよかったと後悔したくらいです。
吸盤で窓ガラスにくっつけるタイプで取るときもつまみを引っ張れば簡単にはがれます。昔ながらの金属性しか知らないツガエはひとしきり感動いたしました。「日に晒(さら)されるからもう2つぐらいもらっておくかな」と貧乏根性がうずいております。
取り付けて4日が経過いたしました。兄のベラオシ(ベランダでオシッコ)を封じ込めることに成功しております。
「工事やってるから、窓が開かないようにつっかえ棒したから、オシッコはトイレでしてね」と申し上げたのですが、目を離すとどうしても窓を開けようとしてしまいます。兄が窓に力を込めるたび、わたくしの部屋の引き扉がゆらゆらと微妙に音を立てる現象も新発見。マンションとはいえ安普請でございます。
「あ、また出ようとしているな」と察知し、「や~い、開かないんだよ~。どうだ、参ったか」とほくそ笑んで、たまに「そこ、開かないからオシッコはトイレでしてね」と誘導しております。
ベランダにオシッコの痕跡がない日々は本当に久しぶりで気持ちがいいものでございます。ところが、その幸せもつかの間、やられました。仕返しお便さま。
補助錠生活から3日目の朝、やけに長い兄のトイレタイム(約20分)に、わたくしの膀胱もパンパンになっておりました。尿意をごまかしながら朝食の準備をしておりましたら、やっと兄がリビングにお出ましになったので、いそいそとトイレに行きますと、床にお便さまを拭きのばした光景が……。「うっ」と思いましたが、切羽詰まっていたので、ひとまずこちらの膀胱問題を解決してから兄のスリッパを履き替えさせ、お掃除のほうをさせていただきました。
朝食の途中、兄が再びトイレに行くので、お尻周辺を確認してみると、案の定ベージュのおズボンに茶色いおしるしがありました。トイレから出てきたところを捕まえて着替えをさせるとおパンツの中は激しくお便さまが広がっており、必然的にお尻周りもブラウンが点在。「お風呂か?」とも思いましたが、最終的に“お尻ふきティッシュ”で拭くことにいたしました。
兄に“お尻ふきティッシュ”を渡し、「これでお尻を拭いてちょ」と指示するとゴシゴシするものの、同じところばかり拭くのでぜんぜん綺麗になりません。
「左側が拭けてないよ」と言っても左手が不自由らしくどうしても拭けません。埒が明かないので、わたくしが外科医のごとくゴム手袋を装着し、“お尻ふきティッシュ”を手に兄のお尻についたブラウンを拭いて差し上げました。
こちらにお尻を突き出したまま、「さむい」を連呼しする兄にさらにムカついたツガエでございます。
寝たきりでもない兄のお尻を拭くことになるなんて、がっかり以外の何物でもございません。これがベラオシできないことからのストレス症状だと断定するには早計ですけれども、じつは、2日連続で同じようなことがございまして、またもやお尻周りがブラウンだったので、この日はお風呂に入っていただきました。
まともにシャワーのお湯も出せない兄でございます。「洗って!」といわんばかりにお尻を突き出す兄に「自分の手で洗ってよ」とご指導し、わたくしはシャワー係に徹しました。
ベラオシ封じの仕返しといわんばかりのお便さまの逆襲劇。補助錠生活も決して楽園ではないということでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ