兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第119回 わたくしは、嗅覚がないほうが幸せ?】
若年性認知症を患う兄と2人暮らし中のツガエマナミコさんが、新型コロナウイルスに感染してしまいました。症状は嗅覚障害。幸い兄が家庭内感染することはなく、ツガエさんも無事に回復したのですが、未だ嗅覚は戻っていない状況です。そんな中、また事件は起こりました。兄の排泄問題です。このところ、トイレではないところで、大きいほうをしてしまう兄のことを主治医の財前先生(仮)に相談、薬を処方してもらっていたのですが…
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
「お便様どこでしてんのよ! ここは洗面所でSHOW」
今日ほど、“現在嗅覚障害中”でよかったと思った日はございません。あの惨劇は、まともな嗅覚ではとても受け入れられないものでございます。
そうです。今朝、また兄上がやってくれました。恒例の「お便様どこでしてんのよ! ここは洗面所でSHOW」でございます。
朝起きてトイレに行こうとすると、隣の洗面所でモソモソ音がしたので、ひょいと目を向けると、暗がりでしゃがんでいる兄の白いお尻が見えました。
わたくしは息を飲み、「あ、やってるぅ~」と思ったとたん、とっさに後ずさり、リビングに戻って静かに扉を閉めました。いつもなら、もっと早く気付いたはずですが、今のわたくしはお便様を察知する嗅覚がありません。
でもあの状況であれば間違いなくお便様がお出ましになっているはず。そう思ったわたくしは、一度落ち着くために何事もなかったかのように、キッチンでお湯を沸かしながらリビングに掃除機をかけはじめました。そして沸いたお湯をポットに入れ、大きく深呼吸をし、意を決して洗面所へと向かいました。
臭いはしません。兄は、上半身にトレーナーを着て、丸めたスエットのズボンを手に持ち、下半身はパンツ姿で情けなく立っていました。その足元に目をやると案の定、お便様が点在し、兄のスリッパはそれを見事に踏んでいました。
「3日前に新しくしたばかりのスリッパなのに…」そう思っていると兄が「どうしよう、これ」とのたまったのです。
兄の視線の先は洗面ボウルの中でした。まっ茶色の水が流れもせずになみなみ溜まっているではありませんか。見れば排水溝の栓は洗面台の上に乗っています。「なぜ流れないか?」答えは言うまでもございません。お便様を詰まらせたのです。
兄に替えのスリッパを履かせ、しばらく自室から出ないように告げて、その惨劇を眺めて嗚咽しました。涙は出ませんでしたが、泣きました。どこから手を付ければいいのか考えながら泣いておりました。
やらかすのは兄なのに、ウンチ掃除という罰を受けるのはいつもわたくし。世の中は不公平なのでございます。
まずはゴム手袋をし、床のお便様をティッシュでぬぐい、クリーナーで念入りに拭き、スリッパの裏も拭き清め、消毒に次ぐ消毒…。
半生のお便様が詰まっている洗面ボウルの排水溝は、割り箸を突っ込んでガシガシ流すしかありませんでした。
「こんなものをこんなところに流して申し訳ございません!」と呪文のように唱えながら大量の水を流し、ボウルの内側も栓も洗剤を付けて何度も洗いました。
ここで顔を洗い、ここで歯を磨くのです。消毒はもちろん、臭わないけれど臭い消しのスプレーで仕上げさせていただきました。
嗅覚障害であったことは不幸中の幸いです。「くさい」という物理的拷問がないだけ、悲劇は軽減したと思います。それでも朝食は食べる気が起きませんでした。嗅覚があったらと思うと恐ろしく、もう一生嗅覚障害でいいとも思いました。
許せないのは、1時間後、兄が何も覚えていないことでございます。
「ウンチはトイレでしておくれよ」と言っても「してるよ」というし、「さっき洗面所にウンチ詰まらせたんだよ」と言っても「え?そうなの?」と、どこぞの不動産会社のCMみたいに驚いてみせるのです。
「排水管が詰まるとマンション全体の問題になるんだから洗面所でウンチ流しちゃだめなのよ」と諭しても「そっか、ごめんね」でおしまい。覚えていないことを謝るその口先だけの「ごめんね」がまた腹立たしく、やり場のない怒りにすっかり支配されてしまいました。
その勢いで「もう紙おむつしてもらわないとだめかもね」と言うと、「え~、やだよ」と反論されたので、「だっておトイレじゃないところでウンチしちゃうんだからしょうがないじゃん」と追い打ちをかけました。
「大丈夫だよ。トイレでしょ。どこにあるのか教えてよ」と返されたので、飽きれはててしまって「教えない。教えてもすぐ忘れるから」と応酬しました。
会話は崩壊しております。しかもこんな会話をしたところで、30分もすると全部忘れてしまうのですから、なんにもならないのです。
「結局、お薬を増やしたってなんの意味もないじゃんかぁ」と思い浮かべた財前先生(仮)のお顔に苦々しく叫んだツガエでございました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ