高齢者はなぜ賃貸住宅が借りにくいのか 入居を拒否される3つの理由
「シニア期の住まいをどうするかは、元気なうちから検討、準備した方がいい」と語る住宅ジャーナリストの中島早苗さんが、さまざまな事例を取材、紹介しながら、本当に快適な終の棲家とは何かを考えるシリーズ。今回は、「賃貸住宅」についてです。高齢者が賃貸住宅を借りにくい実態とその理由を探ります。
7割超の賃貸オーナーが高齢者に拒否感を抱いている
「高齢になると家、部屋が借りにくくなる」
そんな話を聞いたことがある方は多いと思います。巷で言われているその説は本当なのでしょうか。
国土交通省の資料(※)によれば、民間賃貸住宅において、一定の割合で高齢者などへの「入居選別」が存在し、入居への拒否感がかなり高いのは事実のようです。
平成27年(公財)日本賃貸住宅管理協会による調査を見ると、高齢者世帯の入居に拒否感があるオーナーの割合は70.2%。7割を超す賃貸オーナーが拒否感を抱いているのです。
※1 国土交通省「多様な世帯が安心して暮らせる住まいの確保に向けた当面の取り組みについて」
では、賃貸オーナーが入居を拒否する理由は何なのでしょう。
同調査によると、次の3つの不安を感じている人がそれぞれ5割を超え、上位を占めています。
1.家賃の支払いに対する不安
2.居室内での死亡事故等に対する不安
3.他の入居者・近隣住民との協調性に対する不安
賃貸オーナーや不動産会社は、入居者が認知症などになって家賃が滞納されてしまうことや、孤独死して発見が遅れ、その住戸が「事故物件化」することを恐れていると思われます。
孤独死を恐れる不動産会社とオーナー
実際には年間どのくらいの数の人が、いわゆる「孤独死」してしまっているのでしょうか。
死因不明の急性死や事故で亡くなった人の検案、解剖を行っている東京都監察医務院が公表しているデータ(※2)によると、東京23区内における一人暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数は、平成30(2018)年には3,882人となっています。高齢者や単身世帯の増加に伴い、この10年で約2倍と、深刻な状況であることは確かです。
※2「令和2年版高齢社会白書 東京23区内における一人暮らしで65歳以上の人の自宅での死亡者数」
高齢化や単身世帯の増加で、孤独死してしまう人が増えている実態を考えると、賃貸オーナーや不動産会社がそのリスクを負いたくないという気持ちもわかります。
しかし、自分を含め、高齢になったら賃貸住宅を借りられない、住まいの選択肢が少ないという社会では困ってしまいます。
こんな状況の中、65歳以上専門の賃貸住宅の不動産会社があると知り、代表の山本遼さんに話を聞いてみることにしました。
山本さんは愛媛県の不動産会社に勤務、東京に転勤になった後、『R65不動産』を立ち上げて独立。高齢者が賃貸住宅を借りにくいという課題に取り組むとともに、賃貸オーナーが安心して高齢者に住んでもらえる「見守りサービス」の仕組みを作ることにしたそうです。
高齢者の方が支払いが堅実
実際に賃貸物件を高齢者向けに管理、紹介する立場として、山本さんは話します。
「ご高齢者が賃貸物件を借りにくい一番の理由は、オーナーさんが孤独死による事故物件化を懸念するからです。他には、認知症による家賃滞納なども心配します。これらの懸念から、多くのオーナーさんがご高齢者に貸したくない傾向にあるため、管理会社がご高齢者を最初から拒否してしまうケースもあります。
しかし、弊社が関わる物件では、ご高齢者は家賃の支払いに関しては若者より堅実なケースが多く、また、近隣に迷惑をかけるという事例も稀です。とはいえ、オーナーさんにとって、孤独死等の不安を解消していくことは欠かせません」(山本さん)
65歳以上専門の不動産会社ならではの苦労や課題も教えてもらいました。
「ご高齢者はご希望に合った物件がなかなか見つからないことで、不動産会社としての負担が大きくなります。ご高齢者が入居可能な物件は徐々に増えてはきていますが、現在でも30~50社ほど電話をかけて、入居可能な物件は2~5件程度です。ご高齢者が入居できる物件を増やせれば、不動産会社側の負担も減らせるはずです」
高齢者の受け入れが「空室率」改善にも
少子化や、長引くコロナの影響で、不動産業界も変わらざるを得ない実情もあると山本さんは言います。
「ご高齢者は意思決定までの期間が長いので、仲介の際の『効率の悪さ』があるのも事実です。しかし、若い世代が卒業、就職、結婚などのライフステージの変化で引っ越しを繰り返すのに比べ、ご高齢者は10年、20年同じところに住まれている方も少なくありません。つまり、1度入居されると長く住んでいただけることが多いのです。特に、少子化やコロナ禍を背景として、これまで大学生や外国人を主なターゲットとしてきた不動産会社にとって、ご高齢者をより積極的に受け入れていくことは、『空室率』の改善と安定的な賃貸経営に繋がるのではないかと考えます」
確かに、公益財団法人 日本賃貸住宅管理協会のデータ(※3)を見ても、65歳以上の平均入居年数は「6年以上」が約7割と、若い世代の何倍も長いことがわかります。
※3「賃貸住宅市場景況感調査」
誰でもが、幾つになっても好きな家に住める社会に
「私は、人が幾つになっても好きな場所に住めるような社会にしたいと考えます。年齢によって、住む場所を制限されることはおかしいはずです。ご高齢者への仲介に当たっては、たとえ時間がかかったとしても、当たり前のことを当たり前に行い、真摯に向き合っていこうと思います」
こう話す山本さんの『R65不動産』では、入居者の室内での異変にいち早く気づける見守りサービス「あんしん見守りパック」を開発。住む人、貸す人双方にとって「見守りの構築が何より大事」と話す山本さんがそう考えるに至った経緯や、見守りサービスの詳しい内容は、次の機会に書きたいと思います。
超高齢社会、100年ライフを目の前にして、高齢者が住まいを借りる際に差別されることがあってはならない。高齢者に貸すことはリスクが大きい面もあるかもしれませんが、私達の社会、これからも高齢者が増え続けるのは変えようのない事実です。
リスクをただ忌避するのではなく、『R65不動産』のように、新しい発想、別の視点から課題に取り組むことが求められているのだと思います。
教えてくれた人
山本遼さん/株式会社R65代表取締役。幼い頃から祖母の自立した暮らしぶりを見てきたことで「高齢者でも入居可能な賃貸住宅を」の思いを抱き、『R65不動産』を設立。
住所:杉並区荻窪4-24-18
文/中島早苗(なかじま・さなえ)
住宅ジャーナリスト・編集者・ライター。1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に約15年在籍し、住宅雑誌『モダンリビング』ほか、『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て、2002年独立。2016~2020年東京新聞シニア向け月刊情報紙『暮らすめいと』編集長。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(以上PHP研究所)、『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。300軒以上の国内外の住宅取材実績がある。