医学界が注目する「酪酸菌」がん予防や骨量減少の抑制、脳の活性化も
遺伝子の解析技術が進み、医学界では腸内細菌の研究が人気だという。その中で、特に注目を集めているのが「酪酸菌」だ。その働きとは――?
「酪酸菌は、腸そのものを元気に活動させるために欠かせない腸内細菌です」
そう話すのは、京都府立医科大学消化器内科学教室准教授の内藤裕二さんだ。口から摂取した食べ物は消化酵素で分解され、小腸で栄養源として吸収されるが、食物繊維は消化酵素では消化できず、そのままの状態で腸まで到達。その後、腸内細菌がこれを分解し、「短鎖脂肪酸」を作り出す。その「短鎖脂肪酸」には、酢酸やプロビオン酸とともに、酪酸菌が作り出す酪酸が存在し、腸のぜん動運動の促進、水分やミネラルの吸収、粘液分泌など、腸の中でさまざまな働きを担っている。
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酪酸の主な働き4つ
酪酸の主な働きは、以下の4つに分けられる。
【1】腸内フローラを改善して、健康な排便を助ける。
【2】大腸のバリア機能を改善、便通を整える。
【3】善玉菌の棲みやすい腸内環境をつくる。
【4】免疫応答を調節する。
酢酸やプロビオン酸の大部分は大腸の粘膜から吸収され、血流にのって全身に運ばれるが、酪酸はその多くが直接、大腸のエネルギー源になる。大腸の上皮細胞は、酪酸を利用してエネルギーのもとになる物質を作っているが、この際に酸素が使われるため、大腸内の酸素がより少なくなる。その結果、酸素がない環境で生育するビフィズス菌などの善玉菌が棲みやすく、活動しやすい環境になる。これが、【3】の働きだ。
松生(まついけ)クリニック院長の松生恒夫さんが注目するのは、【4】の働きだ。
「酪酸は、さまざまな免疫機能を制御する細胞に関与し、アレルギーや炎症反応にかかわることが明らかにされています」
免疫は、低下しても、反応しすぎても体に害をもたらす。その免疫機能を正しく作動させるには、酪酸の存在が欠かせないと考えられている。
がんやアレルギーを予防
免疫細胞にはさまざまな種類があるが、過剰な免疫反応に対してブレーキのような働きをする「制御性T細胞」が発見されている。これを増やすには、酪酸が関与していることがわかっており、免疫のコントロールに酪酸が重要な役割を果たしているのだ。
また、酪酸は大腸がんの細胞の増殖を阻害し、がん細胞の細胞死を誘導することもわかっているため、酪酸菌を育て、酪酸をたくさん作ることが、がんやアレルギーの予防にもつながる。免疫力が低下した状態が続くと、がんや感染症などの発病につながる。一方、免疫反応が過剰だと、花粉症や食物アレルギー疾患、自己免疫疾患を引き起こす。
難治性の疾患である潰瘍性大腸炎も、過剰な免疫反応によって、腸が攻撃されることから引き起こされる自己免疫疾患。現在では潰瘍性大腸炎の治療に、腸内の酪酸を増加させる目的で酪酸菌製剤が処方されている。
骨量の減少を抑制
ヒトの体は28日周期で生まれ変わるといわれるが、骨も常に新陳代謝を繰り返し、健常であれば骨を作るスピードと骨を壊すスピードのバランスがとれている。ただ、加齢や閉経、運動不足などでバランスが乱れると、骨がスカスカになる骨粗しょう症などを発症する。マウスを用いた実験では、酪酸を与えたマウスは骨量が増え、骨を壊す破骨細胞の成長を促すたんぱく質の発現も抑えられることが判明。さらに、閉経状態で調べた場合も、骨量の減少は抑えられるという結果が出ている。
血糖値をコントロール
2型糖尿病患者が食物繊維の多い食事を摂取したところ、通常の食事療法をした場合に比べ、ヘモグロビンA1c(※1)が28日目以降低下し、排泄された便の中の短鎖脂肪酸の酪酸濃度が高くなったという結果報告がある。
「酪酸を含む短鎖脂肪酸は、腸の細胞を刺激し、糖尿病の治療薬としても使われているインテレクチン『GLP-1』というホルモンを分泌させます。酪酸菌など腸内細菌が、糖尿病の治療や予防に大きな役割を果たす時代になるかもしれません」(松生さん)
※1 糖尿病における血糖値コントロールの指標
インフルエンザ症状を軽減
このところ話題に上ることは少ないが、インフルエンザは急性脳症や肺炎を伴うなど、重症化することもある。酪酸菌にはインフルエンザを発症しても、症状を軽く抑える可能性があることが、最新の研究でわかっている。マウスによる実験では、インフルエンザにかかる前から酪酸を摂取し、発症後も摂り続けてトータル2週間摂取したところ、インフルエンザに対して防御反応が働き、死亡率も上がらず、症状が軽減されたという。
ダイエットにつながる
肥満には、腸内細菌が関係しているといわれているが、酪酸菌が生み出す短鎖脂肪酸は「天然のやせ薬」になる可能性がある。マウスによる実験では、酪酸を含む短鎖脂肪酸が受容体GPR41(※2)を介して交感神経を活性化し、エネルギーを消費する方向に働くことが報告されている。また、酪酸には満腹中枢を刺激して、食べすぎを抑制する作用もあり、健康的なダイエットに役立つと考えられている。
※2 交感神経節という交感神経細胞の集合体に豊富に存在し、酪酸やプロビオン酸を感知する。
抗うつ作用、脳の活性化
脳と腸には互いに密接に影響を及ぼしあう「脳腸相関」があることがわかっている。マウス試験ではあるが、酪酸には抗うつ作用があるという報告や、食物繊維の多い食事の摂取が酪酸を増加させ、老いたマウスの脳内免疫担当細胞による炎症を軽減できるとの報告も。
酪酸の神経保護に対するメカニズムは、アルツハイマー病、パーキンソン病、脳卒中など幅広い分野にわたり、「酪酸は、脳の治療薬として大きな可能性がある」として、ヒトでの研究の進展が世界中で期待されている。
イラスト/あらいぴろよ
※女性セブン2020年4月9日号
https://josei7.com/