連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第28回 4時間の悪戦苦闘】

 若年性認知症を患う兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさんが、日々の生活を綴る連載エッセイ。

 会社を辞め、自宅で過ごす時間が長くなった兄。テレビばかりを観ている兄を案じたツガエさんが、今回はある作業を任せてみたというお話だ。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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カレンダーに薬を1錠ずつ貼る

 認知症という病気は、記憶だけではなく文章の理解力も落ち、物や空間の認知能力も衰えるようで、わたくしが「これなら簡単」と思えることが、兄にとってはかなり難しいようでございます。というより、兄を見ていると、人はいくつものことを複雑に関連させて、難しいことをなにげなく普通にやっているのだな~と改めて思わされます。

 例えば、「カレンダーに薬を1錠ずつ貼る」と言う作業。これはリハビリがてら兄にちょうどいい思い、卓上置きのセロハンテープとハサミとカレンダーと兄の薬をならべて、「薬をこうして1錠ずつ切って、日付の枠に1つずつ貼ってね」とお願いしました。何度かやって見せますが、当然すぐには作業に入れません。

「まず、薬を1つ切る。ね?」「次にカレンダーの1の枠に貼る。わかる?」「また、1つ切る」「次は2の枠に貼る」「また1つ切って3に貼る」「これの繰り返しでOK」「薬が落ちなければどんな貼り方でもいいから」と、わたくしとしては最大限かみ砕いてゆっくり時間をかけて説明したつもりでした。そして順番にやらせてみて「そうそうそれでOK」とゴーサインを出し、「あとは頑張ってくれ」という願いを込めて自分の仕事を始めました。

 兄は、薬とハサミを持ち、「これでいいのかな?」と不安そうに薬を1つ切り、カレンダーを眺めたり、めくったりしてしました。「なんとかなる」と祈りつつ、30分ぐらいして様子を見に行くと薬とカレンダーを交互に眺めて悩んでいる兄。3~4錠は貼れているのにまったく次に進まない。「何かわからないことあった?」と尋ねても「いや、う~ん」とはっきりしない。

 見ると日曜日だけ飛んでいる。「あれ?日曜日も貼ろうよ」と言うと日曜日がどこかわからない。

「赤い字のところ、薬貼ってないじゃん」と言うと「赤いとこ…ふ~ん」と言い、悩みに悩んで薬を1つ持つが、その先の手が止まる。

「次はセロハンテープだね」と言うと卓上置きのセロハンテープを引き出し、おもむろにハサミで切りだす。テープカッターの存在がもうどこかへ飛んでいるのです。それでもようやく貼ったので「そうそう、その調子で薬全部貼っておくれ」と言って、再び放置しました。薬は2か月分、56錠ありました。

 1時間ほど経過したので再び見に行くと、やはり作業ははかどっておらずやっと2週間ぐらい進んだ程度。「いいね。できてるね」と勇気づけたものの、やはり青色の土曜日と赤色の日曜日が飛んでいる。しばらく見ていると貼り方にこだわっている様子で錠剤の裏表や縦横の向きを念入りに確認して一度置いては、またどかして貼らずに悩みます。

 セロハンテープの存在も時々忘れ、シールじゃないのにシールを剥がそうとする仕草をしたり、セロハンテープをわざわざ輪にして両面テープのようにして貼るなど複雑なこともしています。何に悩むのかわかりませんが、見ていると彼なりに考えてはいるようでした。それが合理的かどうかは別として…。

 仕方がないので、さらに1時間放置してみました。カレンダーの月が変わるとまた戸惑い、何度もページをめくって確認。順調に同じように貼れていたかと思うと、突如悩んで違う貼り方をし、水曜と木曜が飛んだり、同じ日付に2錠ついていたりいたしました。常人には理解できない特殊な能力と思うことしか救いはありません。

 結局、午前中の4時間を費やし、なんとか終了いたしました。それが完成したところで薬の飲み忘れは今も相変わらずですが、飲んだか飲んでいないかが介護者にも一目瞭然なので良きアイデアと自負しております。

 日々は坦々と過ぎていきます。最近は、わたくしが仕事や遊びで出かけるとき「帰りは何時?」としつこくて面倒でございます。もちろん「何時帰る予定」と兄の定位置から見える場所にメモを貼っておくのですが、「天気は大丈夫そうだけど帰りは何時頃?」から始まり、「いってらっしゃい。で、帰りは何時ぐらいになりそう?」「車に気を付けて。で、夜は遅いの?」「あ、鍵閉めるからいいよ。それでだいたい何時頃に帰ってくるの?」と玄関までついてきてしまう……まるで子ども。

 でもこれが61才の兄。イラっとしますが「せつねぇ~」でございます。

つづく…(次回は2月20日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

この連載の一覧へ!

第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
第15回 社長様のお説教
第16回 住所が書けない
第17回 マンション買い換え
第18回 引越しは大格闘スペクタクル
第19回 兄、新居を覚える
第20回 認知症は世間話が上手?
第21回 兄、会社を休職
第22回 さようなら障害年金
第23回 はじめての「家族の会」
第24回 犬を飼う
第25回 はじめてのハローワーク
第26回 希望月収は30万円!?
第27回 兄と2人で映画館

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