人工肛門・人工膀胱でも温泉大浴場で寛げるオスメイト向けツアーに同行<第1回>
(株)近畿日本ツーリスト首都圏が新しい旅の提案を開始した。ストーマ装具製造メーカーのアルケア(株)とともに企画したオストメイト(人工肛門・人工膀胱を造設している人)向けの日帰り温泉ツアーだ。同行して旅の内容や参加者の感想を取材し、3回にわたってレポートする。
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人に気づかれにくい「内部障害」
晴天の12月のとある日。朝8時30分、JR錦糸町駅の近くから1台の観光バスが出発した。
参加者は40代から80代までの男女16名。家族4人連れもいれば、ひとり旅の人もいる。一見では何の旅かわからない。杖を使う高齢者はいたが、おしなべて快活で足取りが軽い。
バスのフロントガラスに掲げられたツアー名は「ストーマ装具工場見学と龍宮城スパホテル三日月温泉入浴体験会」。これが日本で初めて催行されるオストメイト向け日帰り温泉ツアーだ。
「オストメイト」をご存じの方はどれくらいいるだろうか。
病気や怪我で人工肛門または人工膀胱を造設する手術を「オストミー」といい、それを受けた人を「オストメイト」と呼ぶ。人数の正確な統計はないが、身体障害者手帳の交付数から推計して日本のオストメイトは約20万人とされる。
オストメイトは腹部に開けた排泄用の小さな穴「ストーマ」に、医療器具に含まれる容器「ストーマ装具」を装着している。ストーマ装具にたまった排泄物を処理し、定期的に装具を貼りかえるというケアを日常的に行っているが、服を着ている限りオストメイトであることは他者にわからない。
このような外から見えにくい障がい、つまり身体内部の臓器にある障がいを「内部障害」という。ペースメーカーを入れている、人工透析を受けている、人工呼吸器をつけているなどもこれに含まれる。
もうひとつ、観光庁が推進している事業に「ユニバーサルツーリズム」がある。
これは年齢差やハンディキャップの有無に関わらず、誰もが気兼ねなく楽しめる旅と、その環境づくりを促進していこうというものだ。
東京オリンピック・パラリンピックの開催を目前にして、ユニバーサルツーリズムを重視する意識は全国の市町村で高まってきた。街や施設のバリアフリー化が進み、公共の場では多機能トイレの備えるところも増えた。個人レベルでも、心身に障がいがある人を特別視することなく、手助けや配慮が必要なときは役に立ちたいという自然な意識が私たちの日常に定着した。
そうしたなかで、後れをとっているのが“内部障害者”への対応だ。外見に現れにくい分、他者が存在を意識する機会が少ないという実情もある。
今回のツアーを企画した近畿日本ツーリスト首都圏をグループ企業のひとつとするKNT-CTホールディングス(株)は、早くからユニバーサルツーリズムの推進に取り組んできたことで知られる。グループ内のクラブツーリズム(株)が初めて対応する観光プログラムを開発したのはもう20年以上前の1997年だ。
しかしユニバーサルツーリズムは「バリアフリー旅行」「車いすでも楽しめる旅」などが盛んになる一方、“内部障害者”であるオストメイトを対象した観光ツアーはまだ実施例がない。その意味で今回のツアーは画期的な試みといえるのだ。
大好きな温泉に入れなくなって残念だった
出発してまもなく、バスの座席にマイクが回された。ツアーに申し込んだ動機や期待の気持ちを語る自己紹介タイム。着席のままなので顔は見えないが、今日を楽しみにしていたと話す声がテンポよく続いた。
「ストーマ装具をつけて2年4か月、初めて温泉に入ります。大好きな温泉に入れなくなって残念だったんです」
「今年3回目の観光バスです。いつもは娘か誰かが一緒なので、ひとりで来るのは今日が初めてです」
「通っている病院のストーマ外来でツアーのことを知りました。ストーマ装具をつけたら温泉は無理だろうと思っていましたが、今はよく入っています」
「母は3か月前にストーマを造設しました。今日は家族で参加しています。まだ日が浅いのでいろいろ教えてください」
「ストーマ装具をつけるようになって7年です。その製造工場を見学できると聞いて楽しみにしてきました」
バスは首都高速・アクアラインを通って、千葉県木更津市の龍宮城スパホテル三日月へ。
温泉入浴とバイキング昼食に充てられた時間は10~13時。男湯「龍宮の湯」女湯「富士の湯」とも広大なスペースにさまざまな温泉施設があるうえ、平日の午前中なのでほかの利用客はさほど多くない。脱衣所も男女それぞれ、ツアー参加者だけのスペースが確保されている。
同行してわかったのが、オストメイトが温泉浴を敬遠する最大の理由が「気兼ね」だということだ。
ストーマ装具は正しい装着法で使用する限り、中身やにおいが外に漏れる心配はまったくない。それはオストメイト自身がよく知っている。
入浴のときは装具の上に肌色の防水シートを貼る。したがってジロジロ見ない限り目立たない。特に女性は湯に浸かるまで下腹部をタオルで目隠しするため、奥ゆかしいふるまいの湯治客にしか見えなかった。
入浴後は濡れたストーマ装具を替えたり中身をトイレで処理したりするが、これも日常の入浴で慣れている。
では何がネックかというと「知らない人に驚かれたらどうしよう」「不快な思いをさせたら申し訳ない」「口に出さなくてもイヤな顔をする人はいる」など、自分ではどうすることもできない他者の反応がためらいを増幅させてしまう。
こんなに寛いで温泉に入ったのは初めて
温泉を出たあと、食事中の参加者に感想を聞いた。
70代の女性Aさんは8年前にストーマを造設。1年後、わりとすぐ温泉へ行くようになったが、ほとんどは「部屋についている温泉や、家族風呂」。
「この前は有馬温泉に行ったの。大浴場も使ったけど、朝早くとか夜の寝静まった時間とか、人がいないときを見計らって急いで入るのね。今日はゆったり入れて、本当に気持ちがよかった」
60代の女性Bさんは、家に帰れば夫と息子2人の4人家族。
「9年前にストーマの手術をしてから、こんなに寛いで温泉に入ったのは初めてかもしれない。いつもはのんびりするために行ったはずなのに、すごく神経使うんです。人目が気になるのもあるし、もし装具が濡れたらどう処理するかですよね。大きなお風呂ならトイレの個室も多いのでそこを使えるけど、部屋に戻ってとなると気を遣う。自分の家族でも遠慮するのよ」
70代の男性Cさんはビールと焼酎どちらにするか迷って、「ビールのほうがトイレが忙しくなるからね(笑)」と焼酎を飲みながら食事。
「温泉は普通に気持ちよかったよ。結構よく入るけど、ストーマをつけて最初の2~3年は外に出かけるのも不安だった。そういう人、多いんじゃないかな。病院のストーマ外来に患者の懇親会があってね。そこへ行き出してから、もっと自由に生活していいと思うようになった。不安がってる人には『こういう旅行があるよ』と、うまく声をかけてやればいいよ」
70代の女性Dさんは週2回、卓球の練習をしている。懇親会で一緒のCさんが「来年のオリンピック出るんだよな」と笑う。
「ほかの人も来る予定だったんだけど、用事で来られなくなっちゃって。懇親会でパンフレットを見て来たんです。広いし湯加減もちょうどよくて、来てよかった」
まだまだ少ないオストメイト対応トイレ
徐々に増えてきた街の障害者用トイレや多機能トイレについて聞いた。オストメイトに対応するトイレには、入り口に「オストメイトマーク」という案内用図記号が表示されている。
「増えたという実感は…あまりないかな。出かける人が多くなれば、トイレも増えると思うんですけどね。でも、障害者用トイレは誰でも使えるでしょう。人が多い講演会やバス旅行で障害者用のトイレも混んでいるとき、「すいません、先に使わせてもらえませんか?」と言うと「私たちも待ってるのよ」とはじかれちゃう。障害者手帳やハートマークを見せればいいんだけど、しょうがないなと諦めるの。周りの人も私を病人と見てないから(笑い)」
なお、Dさんが見せてくれた「ハートマーク」は「ヘルプマーク」とも呼ばれる携帯用のマーク。
内部障害や難病、妊娠初期など、外見でわからなくても援助や配慮を必要としている人が身につける。だがDさんのように外に出さず、いざというときの「お守り」として持ち歩く人も多いらしい。
次回は、ツアー時に開催された講演会の様子をお伝えする。
※次回は1月10日公開予定。
撮影/浅野剛 取材・文/菅田よし子
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