人生は60才から!80代でアプリ開発、デジタルクリエーター若宮正子さんの人生を変えた出会い
「SNS? アプリ? まったくついていけない…」──そんな人も多い中、60代でパソコンを使い始め、80代でアプリを開発。現在、84才にしてデジタルクリエーターとして、世界中を飛び回っている若宮正子さんに、彼女の人生を一変させたデジタルとの出会いから現在までを聞きました。
母の介護をきっかけにパソコンを始める
銀行員だった若宮正子さんがパソコンを購入したのは、定年前の58才のこと。
「高校を卒業して銀行に勤めていましたが、当時はパソコンなどなくて、まったくの素人でした」(若宮さん・以下同)
そんな彼女がパソコンを始めたきっかけは、定年後の生活に不安を感じたからだ。
「当時、90代の母の介護を自宅ですることになり、外との接触がまったくなくなるのではと危惧しました。そんな時、パソコンがあればいろんな人とつながれると知り、始めてみようと思ったのです」
思い立ったが吉日。すぐに東京・秋葉原のパソコンショップでパソコンを購入。当時のものは言葉も複雑で、扱うにも技術や知識が必要な時代だった。
「家ですぐに説明書を読んでみましたが、書いていることが複雑でわかりません。キーボードとマウスであれこれ操作してみて、うまくいかなければ、違う操作をするなど試行錯誤を重ね、やり方を学んでいきました。設定するだけで3か月かかりました」
3か月もかかれば挫折しそうなものだが、若宮さんはあきらめることはなかった。
「私は、適当にいじっていれば何とかなると思うタイプなんです。だから、失敗と成功を繰り返しながら、できるようになったんです。失敗して困ったら、その時に考えて、覚えればいいって思っていたので。でも、苦労の末にできた時には達成感がありました」
ようやく使えるようになった頃、シニアのコミュニティーサイト『メロウ倶楽部』の前身『エフメロウ』という電子会議の存在を知る。
「当時はインターネットではなく、パソコン通信の時代。『エフメロウ』では、還暦以上の人たちがパソコン通信でおしゃべりをすると知り、参加してみたのですが、それをきっかけに、パソコンの面白さに目覚めました」
その後、インターネットが普及すると、ネットで情報収集ができるとわかり、あれこれ調べるようになったという。
「それまでは新聞やテレビ、雑誌が主な情報収集の手段だったのですが、インターネットだと海外の情報もすぐに検索ができる。世界が一気に開けた! と思ったんです」
82才のアプリプログラマー誕生
こうして、ひと通りパソコンが使えるようになった若宮さんは、81才でゲームアプリを作ることに挑戦する。
「インターネットを通じて仲間ができたことも、めげないで挑戦できた理由の1つですね。スマホが普及し、ゲームの存在を知ったのですが、ゲームアプリっていろいろあるのに、シニア向けがないんです。それで、ないなら自分で作ってしまおうと思って」
アプリを作るために、知り合いを通じて出会ったプログラマーに一つひとつ手順を教わりながら制作に携わること約半年。2017年2月にゲームアプリ『hinadan』が完成。若宮さんは「82才のアプリプログラマー誕生!」と、メディアで注目される存在となった。その後、アップル(※)のCEOのティム・クック氏(58才)から、世界開発者会議『WWDC 2017』に招待され、さらに話題の人となっていく。
※アップルとは、アメリカに本社を置くインターネット製品やデジタル家庭電化製品およびソフトウェア製品を開発・販売する多国籍企業。スマートフォンのiPhoneやパソコンのMacなどが有名。
「その会議には5000人以上が参加していました。参加費用は1500ドル(当時約17万円)。ですが、私は『特別招待』をいただいたので、参加費はもちろん、交通費・宿泊費はかかりませんでした。その会議には10才の男の子も招待されていたのですが、小さい頃からデジタルに触れている人が多い中、シニアの私は珍しい存在のようでした」
世界開発者会議に招かれたことにより、さまざまなオファーが届き始める。
「いろいろなかたと話すうちに、シニアこそデジタルが必要だと痛感しました。それで、シニア世代へのデジタル普及のために、国内、海外問わず、お声がかかったところへ出向き、講演を行うようになったんです」
政府の「人生100年時代構想会議」の有識者議員も務め、2018年2月には国連総会で、今年6月にはG20大阪サミットで基調講演も行っている。
とにかくやってみる!失敗してもいい。やって困って覚えよう
世界各地を飛び回る中、現在は、シニア向けのデジタル機器活用の手伝いをするNPOの理事も務めているが、日本のシニア世代のデジタルへの苦手意識を痛感しているという。
「デジタル先進国といわれる国は、高齢者でもパソコンやスマホを上手に使っています。その代表がエストニアです」
エストニアは、人口わずか134万人という北欧の小さな国だが、公共の手続きがインターネットなどで行える『電子政府』が有名だ。
「エストニアの元大統領にもお会いしましたが、エストニアでは、高齢者も何不自由なくデジタルを使っています。どうやって覚えたのかと聞くと『trial and error(トライアル アンド エラー)』と言うのです」
トライアル・アンド・エラーは日本語に訳すと、試行錯誤。
「うまくいかなくても、自分でとにかくやってみる。これは私がパソコンを覚えた方法と同じです。ところが、日本人はパソコンを始めるというと、教わろうとしますよね。壊したら大変と思っているのか、おっかなびっくり触っている人も多い。それに、パソコン教室に通っても平気で3回以上同じことを質問して、にっこり笑って教えてくれるのがいい先生と思っている。それでは使えるようにはなりません。とにかく自分で使ってみないと上達しないんです」
上達するには好きなことからやるのがいちばんだ、と若宮さんは言う。
「たとえば、好きなドラマの動画をスマホで見てみたいという強い思いがあれば、何とかして見ようとしますよね? それで頑張って動画が見られるようになったら、途中で電源が切れてしまったりして、そこで初めて充電の仕方を覚えるわけです」
デジタルの扉を開けば、楽しい世界が広がっている。若宮さんのように人生が大きく変わることだってあるのだ。
デジタルクリエーター 若宮正子さん
1935年東京生まれ。高校卒業後、銀行に勤務。2017年ゲームアプリ『hinadan』を開発。現在は『ブロードバンドスクール協会』の理事を務め、シニアのデジタル普及に尽力している。
※女性セブン2019年8月8日号