連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<24>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」を訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿はB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」。早速、訪れた大聖堂は土地の谷底にそびえ建っていた。神聖なる聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!また、思いがけず、テューダー朝の始祖である国王ヘンリー7世の父、エドモンド・テューダーの石棺にも巡り合う。

 ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上したいという思いを果たし、翌朝、再び「セント・デイヴィッズ」を訪れた際、教会の幹部聖職者である参事司祭に出会い、前日渡した著書のお礼を言われるのだった。そして、バスを乗り継ぎ、次の目的地、ペンブロークに到着した。

 予約していた宿「Old Kings Arms Hotel」は、まるで絵本に出てくるような外観。チェックインも定刻より早く、到着と同時に可能に。ホテルのフロントデスクには、日本の俳優・笹野高史似!の支配人がいた。

 荷をほどき、早速、ペンブローク城に向かう。

 * * *

(2017/4/11)

VII これぞカッスル、ペンブローク城【7】

●ペンブローク城

 ペンブローク城へ入るには、城門のすぐ隣にある、城直営のスーベニアショップ(土産物店)のレジで、チケットを買うシステムになっている。

 まあ、土産物店が城の入り口のようでもあり、チケットを求めるついでに、あれもこれもと購買誘惑にかられる訪問者も多いだろう。

 やはり有名観光スポット、商売がうまい。レジの横には、公式な城のガイドブックも積まれている。チケットと共に城の公式ガイドブクを買う。

 入場チケットが6ポンド、ガイドブックが2ポンド50ペンス、しめて8ポンド50ペンス(1ポンドは約152円/12月10日現在)。

 ガイドブックはともかく、入場チケットの値段が妥当かどうかだが、最近行った奈良の東大寺の拝観券が、付属の東大寺ミュージアムも入れる共通券を買ったとして800円であることと比較すると、まあ日本と同程度か、という気がする。

 さて、いよいよ城門をくぐる。

 この城門がある建物は、3階建ての石造りの櫓(やぐら)ともいうべき大きなもので、城門を含め、楼門といったほうが正しいのかもしれない。

 ガイドブックの城の構造図には、ここは「Great Gatehouse」と、見た目と違わない名称で記されている。

 楼門の紹介ついでに、ざっとペンブローク城の構造・外観を説明しておきたい。

 この城は、円周状の城壁の長さが約450メートルの大きな城で、城壁には5つの円筒形の塔、3つの小塔、稜堡(りょうほ※1)、水門、楼門といった建築物があり、それらは城壁の回廊でつながっていて、行き来ができる。

 また、城壁に囲まれた城は、内郭(うちぐるわ:Inner Ward)と外郭(そとぐるわ:Outer Ward)より構成されており、内郭にはこの城のシンボルというべき、外からもひときわ高く見える内部が5層の大塔(Great Tower)がある。

 内郭には、独自の門と城壁と1つの塔がある。現在、内郭の門と城壁は、基部の低い痕跡を残すのみである。内郭は、城の初期の形を示すもので、外郭部分は1、3世紀以降に増築されていった部分である。

 もっとも、そもそもの初め、ペンブローク城がロジャー・オブ・モンゴメリーとアーノルフ親子によって創建された当時は、現在見られるような石造りではなく、壕と土塁(どるい※2)、そして木柵と木組みの櫓で構成された簡素なものだった。

 ジェラルドの祖父は、こういう原初の城で、ウェールズ人の大軍と対峙したである。

※1 城壁や要塞の、外に向かって突き出した角の部分。また、そのような形式で造られた堡塁(ほるい)。大砲による攻撃の死角をなくすために考案されたもので、堡塁全体は星形となる。ヨーロッパで発達。日本では五稜郭などに取り入れられている。

※2 土を盛り上げて築いたとりで。

(※1、※2とも、デジタル大辞泉/小学館 参照)

●イギリスの歴史を変えた城

 まず私は、この楼門の1階にある城の案内ルームに入った。

 ペンブローク城の見るべき各ポイントを紹介したパネルや観光用パンフレットなどがある場所であり、城の歴史を10分ほどで見られる小さなシアターもある。もちろん私は、シアターの椅子に座り映像を見る。

 ノルマン人のペンブローク来襲、築城、さらには石組による本格的城郭への拡張と、エモーショナルな音楽をバックにした、なかなかに見ごたえのあるシーンが次々と展開される。

 そして、ラストでは「ウェールズ人」ヘンリー・テューダーがここで生まれ、ボズワースの戦いに勝利し、イングランド国王ヘンリー7世となったことを高々と称えている。

 そう、ここはウェールズだから大いに威張っていいのである。そのとき流れたナレーションに、私は思わずじーんときた。

“Pembroke Castle changed British History.”

 確かに。この城で生まれ育ったヘンリー7世が、イギリスという船の舵を中世から近代へと大きく切った。「ペンブローク・カッスルがイギリスの歴史を変えた」のは当たっている。

 うん、いいナレーションである。

 楼門の案内ルームを出た私は、円形の城壁を右回りで進むことに決め、最初の塔バービカンタワー(Barbican Tower)に入った。

 らせん状の石段があり、上に上る。階段の幅が狭く、上から人が降りきたら、一旦踊り場まで降りて譲るしかない。

 暗いらせん階段を見上げ、耳をそばだて、人が降りてくる気配がないのを確かめてから、ゆっくりと上る。段の奥行きが大してないから、足をふみ外さないように、滑らせないように慎重になる。

 敵が来た時、昔の人は重い鎧を身に着け、こんな人間工学的にまったく優しくない階段を本当に上ったのだろうかと、つい考える。

 が、いかん、城は戦うためのもので、後世の観光客に感謝されるような快適性第一主義で作られているはずがないじゃないかと思い直す。

 おっかなびっくり、注意深く階段を上り、暗い塔の中からいきなり明るい屋上に出だ。

 ああ、とても気持ちがいい。今朝、ティー・ヘリグ(セント・デイビッズで宿泊したB&B)の庭でグレッグ(ティー・へリグの主人)と一緒に見上げた空の青さは変わらない。

 本当に旅のここまでの天気の良さに、塔の上から思わず感謝する。

 ぐるっと首を一周させる。とても見晴らしがいい。当たり前だが、城は領地の守りの要であり、塔の第一の機能は、いち早く敵を発見することにある。だから見晴らしがよくないと話にならない。

 それにしても、眼下に街並みが実によく見える。東に目をやる。すぐに緑色の「Old Kings Arms Hotel」が見つかった。LUMIX(カメラ)のレンズを標準からズームに交換し、ホテルにピントを合わせ数枚撮る。

 いい写真が撮れた。この城のフリーWi-Fiで、後からカミさんに送ろう。

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桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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