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【著者インタビュー/松本秀夫さん<前編>】最愛のオフクロへ溢れる想い

 本の構成が、1回表から9回裏までの野球の実況中継に見立てた章立てに。「表」が母・喜美子さんの病状や治療の流れ、「裏」が松本さん親子の繰り広げた介護ドラマの実況となっている。時折、実況アナの目線になって自分の失態をクールに分析したり、日本ハムファイターズのエース・大谷翔平投手と、介護における配球に苦しむ自分を比較したりして、松本さんらしさになごむくだりも多いが…。

 当の松本さんは、母の介護という大試合は惨敗だったと語る。

「負けるべくして負けた試合です。初めは張り切って挑んだ。でも、医師により異なる診立て、一貫性のない投薬によりオフクロの症状は悪化するばかり。なんとか治したいと病院を転々としたものの、度重なる主治医の交代にいら立ち、不治の病である認知症宣告に困惑し、失禁の始まったオフクロのケアを90代の祖母に頼るという“老々介護デスマッチ”に日々焦燥でした。

 入院先で虐待を受けたことをきっかけに、決死の覚悟で同居に踏み切りました。同居を始めた当初は、出勤前に朝食を囲んで、親子水入らずのひとときに心安らぐ日もあったんです。が、奇行が始まり、仕事中も5分おきに携帯が鳴り、実況番組前日の深夜に『眠れない』と揺り起こされる日々に疲弊し、酒に逃げて自滅した僕。最愛のオフクロへの暴力という、最悪の結末で同居が終わりました。

 頼りになるヘッドコーチ的存在の弟は、常に冷静に、陰日向となって僕の介護生活を支えてくれましたが、どんどん加速する劣勢は止められず、追い込まれましたね。

 野球で言うと7回ごろには破たんの予感、そして9回に入ったあたりには、あぁこの試合はもう勝てないなと。でも最後まで投げ出すわけにはいかないと、ボロボロになりながら戦いましたが、つらいゲームでしたね」

 ちなみに介護中の松本さんを間近で見守っていた友人によると、「松本さんと深夜に飲んでいると5分おきにお母さんから電話がかかってくるのですが、電話に出ると松本さん、すごく優しい声になるんです。まるで彼女に話しているみたいに(笑い)」とのこと。

オフクロはいつまでも母親。ずっと甘えていた

 いつも放送席で見せる冷静な視点は、介護生活に活かされなかったのだろうか。

「放送席に入ると、いろいろなことに気がつくし、間違えないでしゃべれるし、あんなによく頭が回るのに、あの箱を出るととたんにダメ男になる。実況している僕と普段の僕、全然違うんです。人生を俯瞰して見られない。それができればもう少しいい人生になったと思いますけどね(笑い)。

 母に対してもそうでした。歳をとって、あんなに弱って苦しんでいるのに、やはり僕にとってはいつまでも母親。甘えの対象だったんです。最後まで僕は幼い息子の目線で『オフクロどうしちゃったんだよ、ちゃんとしてくれよ』っていう感じでした」

どんなときも変わらず、恨み言も言わぬ母の姿が介護の支えに

 そして同時に喜美子さんから感じる息子を愛おしむ気持ちは、子どもの頃からのものとまるで変わらなかったという松本さん。認知症宣告を受け、失禁や奇行はあっても、息子と母の立ち位置は変わらなかったと振り返る。

「同居介護の後半、母を放置して飲み歩いたり、暴力や罵詈雑言を浴びせたりしても、母はいつも健気に『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と頼ってくれました。一切、態度が変わらなかった。翌朝になるとケロッとして、『昨日はごめんね、お母さんダメだよね』なんて謝ってきたりする。

 僕がどんなに不機嫌でいても、わがままや恨み言など一切言わずに僕の帰りを待っていてくれたお袋。そんな姿が心に刻まれました。負け続きの僕の介護生活に支えがあったとしたら、オフクロのその姿に尽きますね」

 7年に及んだ同居介護生活が限界を迎え、特別養護老人ホームへ入所した喜美子さん。そこでまたしても虐待の憂き目に合い、さらには転倒して骨折。手術をした病院で投薬ミスが起こるなど、ますます松本さんを焦燥させる事態が続いた。そして、松本さん親子の長い闘いの終着駅となる最後の病院にたどり着いたのだ。

【後編へ続く】

松本秀夫(まつもとひでお)

1961年、東京都生まれ。ニッポン放送の実況アナウンサー。野球をはじめ、サッカー、競馬などスポーツ全般にわたる熱烈な実況放送のほか、バラエティ番組のパーソナリティとしても人気の看板アナウンサー。『松本秀夫と渡辺一宏 今夜もオトパラ!』(ニッポン放送17:30~20:50 OA 月~木曜日担当)、『ニッポン放送 ショウアップナイター』に出演中。

ニッポン放送HP:http://www.1242.com/

『熱闘! 介護実況 私とオフクロの7年間』(バジリコ刊 定価:1300円+税)

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最愛の母を介護した日々を、ラジオの人気アナウンサーがお得意の野球実況スタイルで書き綴ったドキュメント。元気で気丈だった母が体調を崩してから、認知症・うつ病と病院ごとに違う診断名、介護施設での虐待、同居介護、排泄介助など、働き盛りの息子が次々に直面した“親の介護と看取り”。あきらめきれない悔悟の気持ちを真摯に描きつつ、母への愛情がそこかしこにあふれ出るハートウォーミングな一冊。

撮影/浅野剛 取材・文/斉藤直子

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