アナログな「手書き」が物忘れや認知症予防に!日記で記憶力アップ&手紙で喜怒哀楽を活性化【医師監修】
脳の機能は年を重ねるごとに衰えていく。2025年には日本の認知症患者は700万人になるとの試算もある中、脳機能の低下に拍車をかけるのが「スマホ」だ。私たちの脳は情報であふれかえり、認知機能の低下を加速させているという。スマホを手放し、情報社会から一歩離れた「アナログな方法」で脳をよみがえらせよう。
教えてくれた人
奥村歩さん/脳神経外科医、おくむらメモリークリニック院長
長谷川嘉哉さん/脳神経内科・認知症の専門医
濱崎清利さん/済生会みすみ病院脳神経外科医長 ※濱は「濱」の異体字、崎はたつさき
手を動かすからアイディアが浮かぶ
おくむらメモリークリニック院長で脳神経外科医の奥村歩さんのクリニックには物忘れが多くなったという人のほか、「気の利いた会話ができなくなった」という50代、60代の女性がよく訪れるという。
「“人から急に話を振られたときに、うまく答えられない”“いざというときに、大事な人の名前が出てこない”と訴える人が多いのですが、まさに脳が“ゴミ屋敷”になっているからです。脳に不要な情報が入りすぎると、ワーキングメモリ(作業記憶)から必要な情報を取り出せなくなってしまう。ワーキングメモリの情報を整理してアウトプットする練習をすれば、脳が活性化されます」(奥村さん・以下同)
そのために効果的なのが、もっとも基本的でアナログな方法、つまり「手書き」なのだという。
「人間はほかの動物と違って前頭葉(ぜんとうよう)が発達しているので、道具を使って緻密な作業を行い、言語でコミュニケーションをとることができます。つまり、ペンや筆を使って字を書く『手書き』こそが、もっとも“人間らしい”行動なのです。実際、前頭葉の機能が低下して認知症の手前である『軽度認知障害』になると長い文章が書けなくなり、初期の認知症になれば簡単な漢字が書けなくなります」
デジタル化の時代でも、原稿用紙に手書きで執筆を続ける作家などはまだまだ健在。奥村さんは、手書きだからこそクリエーティブなアイディアが浮かんでいるのだという。
「手を動かして字を書く行為は『巧緻(こうち)運動』といって、視覚も触覚も使う複雑なスキルが必要なので脳が活性化します。手を動かしているから新たなアイディアが浮かび、さらに筆が進んでいくのだと考えられます」
脳神経内科・認知症の専門医である長谷川嘉哉さんも手書きのメリットを挙げる。
「手書きはパソコンやスマホによる入力と違って、文字そのものを思い出しながら指先を動かすので、集中力が増します。また、脳の記憶をたどりながら書く内容を取捨選択するので、脳がフル稼働する。人の名前など覚えておきたいことは、実際に手を動かして書いた方が記憶として定着するので、記憶力も維持できます」
医学的見地から、認知症の予防にもなると話すのは済生会みすみ病院脳神経外科医長の濱崎清利さんだ。
「手書きをすると前頭葉だけでなく、頭頂葉(とうちょうよう)や後頭葉(こうとうよう)、小脳(しょうのう)など脳の複数の領域が同時に使われるので脳が活性化され、認知症予防になります」
3色ボールペンと手帳で脳内にある情報を整理
スマホを手放し、「手書き」を始めることが認知症予防への近道。ではどのように実践するといいのか。長谷川さんはいつも小さなノートを持ち歩き、思いついたことをメモしていると話す。
「その日のToDoリストやテレビ、新聞で気になった言葉、思いついたアイディア、いつか実現したいことなどを何でも書いています。“〇〇さんに連絡する”“手紙の返事を出す”など、ささいなことほど後回しにして忘れてしまいがちですが、ノートに書き出すことで優先順位が視覚化され、脳が整理できます」
同じく、何でも手書きでメモを取るという奥村さんは、3色ボールペンと手帳を持ち歩いている。
「ポイントは脳の情報を整理してアウトプットするために、ペンの色を使い分けること。私の場合、『仕事』に関係する内容は赤色、『趣味』は青色、予約したいレストランの電話番号や出張帰りの電車の時間など『一時的に必要な情報』は黒色で書き込みます。自分で整理できるなら、どんな色を何色使ってもかまいません。情報の分類も『家族のこと』『趣味のこと』『友達のこと』など自由に決めてください」
長谷川さんは、日記を習慣づけるのもいいと話す。
「日記を書くことで1日に起こったことを思い出すので、脳に入りすぎた情報を整理することができる。また、その日に起きた内容を文字にしてアウトプットすることで情報が脳に定着しやすく、記憶力もアップします。認知症患者の脳の活性化や精神的な健康の向上を図るために、過去の思い出や体験を振り返る『回想療法』を行うことがあり、日記をつけることで同じ効果が期待できる。私は1日に5行程度の日記しか書きませんが、それでも記憶力の向上を実感しています」
1日の行動を箇条書きにするだけでもよく、絵が好きな人は絵日記にしたり、俳句や川柳を加えてもいいという。
たったこれだけで脳が整理される!日記を書く際の「一例」
●その日の天気
●朝食べたもの
●会社に着ていった服
●同僚と交わした言葉
●ランチ(お弁当)の中身
●仕事終わりに飲みに行った場所
※その日に起こったことを朝から思い出し書き出す。箇条書きでもよい。
字を書くときは丁寧に。公園や自然が多い場所で書くのも効果的
脳に刺激を与えるには写経や新聞の書き写しよりも、自分で考えた内容を書く方がベター。手紙から始めるのがいいと話すのは濱崎さんだ。
「“この人にはこうした方がうまく伝わる”と相手のことを想像しながら手紙を書くことで、人間の喜怒哀楽を司る大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)が活性化します。大脳辺縁系は記憶する機能を維持するのに重要な海馬とも結びついているので、リラックスして優しい気持ちで書くといいでしょう。スマホのLINEなどで短文や絵文字のやり取りばかりしていると、文章を考える力が失われます」
字を書くときは、とにかく丁寧さを心がけたい。
「とめ・はね・はらいなど細かい部分を意識することで、脳がより活発化します。文字にはそれぞれ意味があるので、ひらがなや漢字の成り立ちなどを考えながら書くのもいい。書いた内容を見直すことも大切。同じ神経回路を何度も使うので、脳全体が活性化して強化されます」(濱崎さん)
「美文字」である必要はないという。
「丁寧に書くことで気持ちが相手に伝わるうえ、脳の情報も整理される。字が下手だから書くのは苦手だという人がいますが、気にせずに書くことを習慣化してください」(長谷川さん)
奥村さんは、ものを書くときは公園など五感が働く環境で取り組むのもいいとアドバイスする。
「自然の中で書きものをすると、花の香りや鳥の鳴き声によって嗅覚や聴覚からも脳が刺激されます。忙しくても、ペンとノートを持って外出するくらいのゆとりを持って生活してください」
脳の専門家たちがすすめる方法は、どれも手軽に始められるものばかり。ぜひ今日から始めてみよう。
写真/PIXTA
※女性セブン2024年11月21日号
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