考察『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』3話|思い立ったら即実行「車椅子でも行ける沖縄」!
昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受けた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の地上波再放送が話題です(NHK 火曜よる10時〜)。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作を、ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが3話を振り返ります。
「車椅子でも行ける沖縄」旅行計画
『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』第3話は、主人公の岸本七実(河合優実)の祖母・芳子(美保純)の「昔に戻りたい。昔はよかった」「昔……昔……そんなに昔はええもんか」というモノローグ(一人語り)で始まった。ただ、浜辺を舞台にしたこのシーン自体が、昔なのか現在なのか、それとも芳子の夢なのか、奇妙な感じがした。
ここから場面は七実が大学に入る4年半前、2010年10月へとさかのぼる。第1話でもチラッと出てきた、七実が父・耕助(錦戸亮)に「パパなんて死んでまえ」と言い放つシーンだ。その日、耕助は仕事から帰宅するや、ソファに倒れ込むように横になり、中学生だった七実が話しかけてもまったく聞いてくれない。そこで彼女が思わず口走ったのが、例のセリフだった。
耕助が急性心筋梗塞で病院に運ばれ、緊急手術を受けたのはその深夜だった。七実は父と仲直りしたいと願うが、結局、彼が再び目を覚ますことはなかった。
冒頭のここまでだけでめまぐるしく場面が変わり、まるで家族の記憶の引き出しを開けていくようだ……と思っていたら、このあと、本当に岸本家のたんすの引き出しが登場した。
それは退院を控えた七実の母・ひとみ(坂井真紀)が、家の各所に手すりをつける工事に合わせ、一時帰宅したときのこと。車椅子に乗り始めて、以前より目線が低くなった彼女は、家にあるたんすの一番下の引き出しの取っ手がなくなっていることに気づいたのだ。
七実の手でこじ開けられた引き出しからは、昔、家族そろって沖縄に行ったときのアルバムが出てきた。楽しい思い出が記録された写真を眺めるうち、ひとみが「またいつか沖縄行ってみたいなあ」とふと口にする。それに七実は反応し、自分が連れて行くと言い出した。
思い立ったら即実行で、さっそく旅行代理店に赴いた彼女は、出迎えてくれた社員の篠宮さん(川崎珠莉)に相談する。篠宮さんは「車椅子でも行ける沖縄」という七実の希望を受け、“鬼の交渉術”でレンタカーを介護タクシーに変更してもらうなどして、てきぱきと旅行のプランをつくってくれた。だが、見積もりを出してもらうと、その費用は締めて28万7400円也。これには七実も「出直してきます」と、いったん引き下がるをえなかった。
もちろん、そこであきらめる彼女ではない。旅費を短期で稼げそうなバイトを、近所のコンビニの店員さんたち(名村辰・宮内杏璃)や、いつも配達に来てくれる宅配便のドライバーの陶山さん(奥野瑛太)から教えてもらい、交通整理の警備員、引っ越し作業、球場の売り子と3つも掛け持ちを始める。
球場の売り子はビールを売るものとばかり思っていたのに、七実だけホットコーヒーの売り子を任され(これは原作者の岸田奈美の実体験にもとづく)、バイトリーダーを嘘つき呼ばわりする。交通整理も最初は慣れず、車の誘導に手こずってしまう。そこへ現れてフォローしてくれたのが、引っ越しのバイトでも一緒だった瀬尾さんという男性(演じるのは芸人の岡野陽一)だ。
このとき、瀬尾さんから「世の中には2種類の人間がいる。働く人間と、働かない人間だ」という格言のような、そうでもないような言葉をもらい、七実は感銘を受ける。おかげで、あんなに渋っていたコーヒーの売り子もがぜんやる気を出して務められるようになった。
と、球場でもばったり野球観戦に来ていた瀬尾さんと出くわし、この人こそ自分の大恩人だとほかの観客に大声で紹介し、拍手をもらう。前回、七実の大学受験のため英語の特別授業をしてくれた田口先生もそうだったが、彼女は一見すると冴えないおじさんから学びやモチベーションなどさまざまなものを得るとともに、相手をも輝かせてしまう力をどうも持っているらしい。
そんなふうに出会った人たちから励まされながら、七実はわずかの期間でみごと目標金額に到達する。だが、夏の繁忙期に入ってしまうと、さらに旅費は上がるという。その期限として篠宮さんから示された6月5日は、ちょうど大学で大切なテストのある日だった。それでも七実は家族との旅行を優先する。ひとみには自分と弟の草太(吉田葵)からの退院祝いとして、沖縄行きのチケットをプレゼントした。
父に謝りたいという気持ち
沖縄へは、芳子は興味がないと断ってきたので(本当は、もともと住む大阪に戻り、友人たちとなじみの沖縄食堂で久々に会うためだった)、ひとみと草太と3人で出発する。滞在中には、トム・クルーズ似の新垣さん(村山靖)の運転で、水族館やグラスボート体験(地元の人たちがひとみを車椅子ごと担いで船に乗せてくれた)、そして七実からのサプライズとして家族の思い出のビーチにもまわり、ひとみを喜ばせることができて、七実も大満足であった。
しかし、帰宅した彼女を待っていたのは、大学からの「テストを欠席したので前期の単位取得が難しくなっている」という通知だった。七実はある意味、大学での勉強以上に大切な経験をしたのだから、何とか追試なり救済措置をとってほしいところであるが……。
それにしても、彼女が大事なテストを欠席してまで、家族を沖縄へ連れて行ったのはなぜだろうか。この謎を解く鍵は、今回たびたび七実のなかによぎった“父親の影”にあるような気がする。
まず、七実はいまだに父・耕助と仲直りできなかったことを後悔している。そのことは、引っ越しのバイト先で昼食中、同僚のおじさんたちから「こんな娘に育て上げて、七実ちゃんのお父さんも悔いなかったやろなあ」と感心された際、一瞬「パパなんて死んでまえ」と言ったことがフラッシュバックし、七実が見せた複雑な表情からも読み取れた。
一方で彼女は、家族を顧みないまま仕事にかまけて、ついには過労で亡くなってしまった父をどこか反面教師のようにも見ている。大学入学直後には、サークルの勧誘でにぎわうキャンパスで車椅子に乗った男性(丸山晴生)を見かけ、それが起業したことで有名な3年生だと教えられると、「起業って言葉、嫌いやわ」と吐き捨てるように言っていた。それというのも、彼女が中学に入ってすぐ耕助は会社を辞めて起業すると、すっかり仕事人間になってしまったからである。
これらのことから考えると、七実にとって今回の沖縄旅行は単なる思いつきではなく、父に謝りたいという気持ちや、自分は父のように仕事(彼女の場合は学業)を理由に家族をおろそかにはしないといった決意もあってのこと……という気がしてならない。
七実自身は父性を欲しているのか、先述のバイト先での昼食中、唐突に「瀬尾さん、『お父さん』と呼んでもいいですか」と言い出して本人を動揺させていたが、じつは彼女は知らず知らずのうちに父の人生をなぞり始めているのかもしれない。沖縄に家族を連れて行ったこともそうだし、入った大学も耕助がかつて志望した学校である。キャンパスで起業した上級生を見かけたのも、ひょっとすると今後の展開に向けての伏線なのではないか。
今回のラストシーンでは、大学からの通知を見て「結局、何にも変わってない」と落ち込む七実に、芳子が「変わらなあかんのかいな」と応じていた。これに続く「変わらんでええ。昔もええ。今もええ。一生懸命食べて、一生懸命生きてれば、それでええ」という芳子のモノローグは、ひとみのため何事も性急に変えようとひたすらに突き進む七実を、やんわり諭しているようにも思える。それでも、思い立ったら前へ進まずにはいられないのが七実なんだろうなあ。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。