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河合優実主演『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』は“感動の名作”とは一線を画す傑作ドラマ

 昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受けた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の地上波再放送が始まりました(NHK 火曜よる10時〜)。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作を、ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが1話から振り返ります。

存在感、演技力を発揮していた河合優実

 昨年(2023年)1月、NHKのBSで放送され、一部のドラマファンから熱烈な支持を集めたドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』全10回が、この7月9日より毎回5分ほどカットされた短縮版ながら、満を持して地上波でスタートした。

 その第1回は、河合優実演じる主人公の岸本七実が家族そろって黒ずくめの服にサングラスという出で立ちで、車に乗り込むと、どこかへ向かうというミステリアスなシーンで始まった。車が動き出すと、「この物語はただのフィクションです。」のテロップが入るも、すぐに逆接の接続助詞「が」と続き、七実が「トゥルーストーリー……ほぼ」と告げる。

 そのセリフが示すとおり、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の原作は岸本奈美が自らの家族についてつづった同名のエッセイである(小社刊)。ただ、このドラマでは事実をベースにしつつも、創作の部分もかなり加えられている。

 原作者がモデルの主人公・七実も、かなり強烈な個性の持ち主として描かれる。七実を演じる河合優実は、今年に入ってドラマ『不適切にもほどがある!』や映画『あんのこと』などに出演し一躍注目を集めているが、その存在感、演技力はすでに本作で存分に発揮されていた。

 第1回の前半は、一種の青春ドラマとして物語が展開していく。七実は家では母親のひとみ(坂井真紀)から「面白い子」と言われているものの、学校では“三軍”に属する地味な生徒で、クラスではどこか浮いていた。しかし、陰では、SNSでクラスの一軍女子・茉莉花(若柳琴子)のアカウントを見つけると、架空のイケメンを装って口説き落とすという異能ぶりを示す。それでいて、別の高校の理系男子・旭(島村龍乃介)から告白されて交際を始め、なかなかに充実した日々を送っていた。

 そんな七実に関心を寄せて近づいてくるのが、クラスメイトの“マルチ”こと環(福地桃子)だ。環は、いつも長い風船と“サクセスウォーター”なる怪しい水の入った大きなペットボトルを持ち歩いているという七実以上にクセの強いキャラクターである。マルチというあだ名は、環の母親がマルチ商法に洗脳され、娘の同級生の家にもかまわず勧誘していることに由来し、そのために環自身もクラスメイトからは敬遠されがちだった。

 しかし、七実は環を色眼鏡で見ることはなかった。七実が茉莉花に誘われて、クラスの一軍女子たちとカラオケに出かけた際、ふと、環のことが話題にのぼったときもそうだった。このとき、いずれ環も母親と同じようにマルチ商法を始めるのではないかと一軍女子たちが言うのに対し、七実はそれまで彼女たちに媚びへつらっていたのが、いきなり毅然とした表情を見せ、「何で家族がマルチしとうからって、マルチ(環)までマルチやねん」「どんな家族かで私たちの性格まで決まるん?」と口を挟んだのだ。しかし、このことで七実は、茉莉花から「岸本さんの家も……かわいそうな家やったよな」と同情をされてしまう。

 たしかに七実には草太(吉田葵)というダウン症の弟がおり、つい先日も、小遣いを持たされていないにもかかわらずコンビニからコーラを持ち帰って母をうろたえさせたりと(じつはそのコーラはコンビニの店長が好意で草太に持たせてくれたものだったと、あとで判明する)、手を焼かせることもしばしばであった。しかし、そのことで七実がいやな思いを抱いているということはけっしてない。それだけに同情されるのは心外だった。

グイッとポジティブな方向に

 草太のことで七実は旭からも敬遠されてしまう。七実は、草太に初めて小遣いを渡して買い物に行かせた折、心配して後ろからつけていたところ、旭とばったり遭遇していた。そのとき、草太のことも紹介したのだが、旭は弟の面倒を見る自信がないと感じてしまう。

 旭との関係に暗雲が立ちこめる七実に、助け船を出してくれたのが環だった。環は、先に七実が一軍女子たちとカラオケに行ったとき、じつはこっそりあとをつけており、七実が自分のことをかばってくれるのを聞き、恩義を感じていたのだ。

 環は七実を旭の家まで連れていくと、自分の言い分を伝えるよう促す。七実もせっかく機会をもらっただけに、旭と改めて対峙すると、「うちの家族のことも、弟のことも、(七実が)面倒を見てる、面倒をかけてると決めつけんとってほしい」と切々訴えた。ただ、真面目な話をしているのに、旭が高校生のくせに七実との付き合いを結婚を前提として考えていたり、それを陰で聞いていた環が口から水を吹き出したりするので、見ているこちらも思わず笑ってしまう。

 その帰りがけ、旭から「強くなって、七実ちゃんの元に戻ります」とSNSにメッセージが来る。これに対し環は「自分に一度でもひどいことをした人間に優しさを与えてはなりませんよ」と七実に忠告するが、七実自身は「どんな最後でもつらい言葉で終わるのは嫌やねん」とあくまでポジティブだった。

 こんなふうに、物語が深刻になりそうなところで一歩踏みとどまるかのように、グイッとポジティブな方向に持っていくのが小気味いい。それこそがこのドラマの持ち味であり、魅力といえそうだ。

見ている者の心をざわつかせる場面の数々

 その持ち味は第1回の終盤、七実の母・ひとみが大動脈解離で突如として倒れるところでより顕著となる。このとき、およそ2日がかりの大手術の末、ひとみは生還するが、下半身に麻痺が残った。さすがの七実も戸惑い、家に戻って思わず草太に当たってしまう。ひとみ自身も、動かない体に絶望して涙を流す。だが、「そのママは数年後……」という七実の語りに続いて映し出されたのは、車椅子で元気よく走り抜けるひとみの姿であった。この展開には驚いた。

 このように、このドラマは全体を通してポジティブに展開するのだが、それにもかかわらず、途中、意味ありげな場面がたびたび出てきて、見ている者の心をざわつかせる。

 たとえば、東京に出張中らしい父・耕助(錦戸亮)について「いつ帰るの?」と訊く草太に、七実が「謝りたいこともあるんやけどなあ」と返すと、一瞬回想シーンが挟まれる。そこでは、久々に帰宅してソファでうずくまるように寝る耕助に、七実が「帰ってきても寝るだけやったら、家におらんでもええ」「パパなんて死んでまえ」と言い放っていた。

 あるいはひとみが整体院に勤務中、ふと、七実を出産したときを回想するシーンでは、無事に生まれたかと思われた七実を看護師たちが別室へと運んでいき、その様子を彼女が耕助とともに不安げに見つめていた。さらに、その回想のすぐあとのシーンでは、自宅でひとみが出かける前、水筒に注いでいたお茶を途中でこぼしてしまう。

 いずれの場面もそれが何を意味するのか、とくに説明はないままドラマは進んでいく。ただ、あとから思えば、それらはその後起こるできごとの前兆であったようにも解釈できる。七実が父に「死んでまえ」と言ったのを謝りたいと口にしていたのは、父がその後本当に死んでしまったからだった。ひとみがお茶をこぼしたのも、その直後、彼女に訪れる災いを暗示していたのかもしれない。

 このように、あとから振り返ってようやくその意味に気づくような、思わせぶりな描写がこのドラマにはとにかく多い。ひとみの手術が終わり、七実が草太や祖母の芳子(美保純)と病室に向かうシーンでも、同じシチュエーションながらもう少し子供だった頃と思しき七実が病室に入っていく映像が重ね合わせられる。どうやらこれは、父が死んだときの回想であったらしい。

 第1回のラストもちょっと不思議だった。そこでは七実たち家族が再び冒頭の黒ずくめの格好で登場すると、墓地へやって来る。それは父・耕助の墓参りだったはずなのだが、それを終えて車に戻る家族のなかには、あきらかに耕助本人がいた。しかし、それは七実の見た幻影だったのではないか。駐車場で祖母・芳子と草太が桜の花びらを投げ合っている隙に、耕助の姿はなくなっていたからだ。

 第1回はそんな不思議な描写に加え、七実の「家族の死、障害、不治の病……どれか一つでもあれば、どこぞの映画監督が世界を泣かせてくれそうなもの。それ全部、うちの家に起きてますけど?」という挑発的なモノローグで幕を閉じた。いわゆる“感動の名作”とは一線を画すという宣言だろう。一筋縄ではいかないドラマに、次回以降も目が離せない。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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