「孫の結婚式に留め袖を着たい!」車いす利用者の願いを叶える誰もがラクに着られる着物の開発秘話
車いす利用者の願い「晴れ着を着てみたい」「孫の結婚式に着物で参加したい」。そんな声に応えて開発された着物が話題だ。車いす利用者の身体の負担を減らすためにさまざまな工夫が施されているという。いったいどんな着物なのか?加賀友禅で有名な石川県で誕生した注目の着物の誕生秘話や活用方法をレポートする。
教えてくれた人
石川バリアフリーツアーセンター理事長 坂井さゆりさん
平成25年6月14日「行きたいところに行けるようにしよう!」を基本理念とし、石川バリアフリーツアーセンターを開設。高齢者、障がい者の旅のサポート、障がい者の自立支援への理解と心のバリアフリーを啓発する勉強会の開催、また自治体と協働で地域のバリアフリー化の推進など数多くの事業に取り組んでいる。車いす利用者のために発案した『キモノール』の普及に努めている。
https://kimonall.com/
着物をあきらめてほしくない!
「『晴れの日に着物で出席したいけれど、車いすだからあきらめていた』というお声をたくさん伺い、何か手立てはないかと思って…」
こう話すのは、車いす利用者のためのセパレートタイプの着物『キモノール』を開発した石川バリアフリーツアーセンター理事長の坂井さゆりさんだ。
同センターは、障がい者や高齢者のほか、観光客にも快適に過ごしてもらうために、地域密着型の活動を行っている。そのなかのひとつの取り組みが“着物”だ。車いす利用者をはじめ、誰もが着やすい着物を目指し、『キモノール』というユニークな商品を開発した。
「お孫さんの結婚式に留め袖を着たいと思っていたご高齢のかたが、トイレの心配や帯の締め付けで気持ちが悪くなり迷惑をかけるかもしれないという理由であきらめたという声を聞きました。
また、10代の頃、交通事故で車いすユーザーになったかたが、成人を迎えた時、友人たちが振袖を着て行くと知り、自分は着ることができないので成人式には行かなかったという声もありました。
こうした悩みをたくさん伺って、『何とか着物を着せて差し上げられないか』という思いから開発に取り組みました」(坂井さん、以下同)
着物を上下に分けて着やすく
「『キモノール』は、上衣と下衣に分けたセパレートタイプの着物です。
車いすから立ち上がることができないかた、麻痺などで体を自由に動かせないかた、外国人など着物の着方を全く知らないかたでも着やすい仕様になっています。
上衣はシャツを羽織るように、下衣はスカートをはくように着られます。着用にかかる時間は5分ほどで、簡単に誰もが着たいと思うシーンで着られるよう工夫しました」
坂井さんたちは今年2023年3月に金沢市から車で1時間ほどの中能登町に、試着もできる『キモノールベース瀬戸花見月』をオープン。『キモノール』の製作から展示・レンタルを行うほか、撮影会なども開催している。
「着物の柄を選ぶとき、お若いかたでもご高齢のかたでも、男女問わず目がキラキラと輝いています。女性には華やかな色や柄が人気、男性も『今度はこれ着てみよう!』と、みなさん積極的に何着も試着されています」
細部にこだわった設計「誰もが着やすい着物を」
『キモノール』が生まれるまでには、100着以上の試作を重ねたという。
「4~5年ほど議論を重ね、何着も試作を繰り返して、2022年にようやく完成形にたどりつきました。
車いすに座った姿勢で着られることや、障がいのあるかたの多様な体型に合わせて、誰もが着やすいようなデザインにすることに最も苦心しました。
着物は着付けが大変だからと、着せてもらうのは申し訳ないと感じていることも。だから、できるだけ身体に負担をかけずラクに着られるデザインにして、ご本人も着付けをする側も気軽に、着ること自体を楽しんでいただけるものにしたかったんです」
「脱ぎ着のしやすさのほか、車いすでの座りやすさも徹底的に試して、上下分割したこのスタイルができあがりました。また、別パーツにした飾り帯を車いすの背に直接留めることで、帯できつく締め付けることなく安定させられます。
さらに、着物は襟もとが肝心なので、キレイに襟抜きできるよう紐を付け、下に引っ張るだけで簡単に形が決まるようになっています」
身体の状態に合わせて選べ、地方への発送も可能
『キモノール』は、身体の状況に合わせて3タイプから選べます。
「車いす利用者といってもみなさんさまざまな事情があります。手が動かしにくい、上半身は自由に動かせるけど車いすから立つことができないなど、そのかたの状況に合う設計のタイプを選んでいただけます」
同センターで貸し出している『キモノール』は、身体の状態に合わせて選べる3タイプ。浴衣から振袖、留め袖など500種類以上用意されている。家族や介助者、本人からの要望に合わせ、着付けの方法もレクチャーしてくれるほか、遠方に住んでいる場合は、ウェブサイト上で柄を選び、発送も行ってくれる。
「もっとたくさんの種類をご用意したいと思っています。ご不要の着物がございましたら新たな『キモノール』の制作のため、センターまでご連絡の上、お送りいただけると嬉しいです」
細かい部分にこだわり抜いて設計された『キモノール』。車いす利用者のために開発したが、今ではその手軽さから、外国人の利用者なども多く、国籍や性別、年齢を問わず幅広く着られる着物として広がりを見せている。
リメイクして親子3代で着物を楽しむ人も
「お客様がお持ちの着物をリメイクして欲しいというご要望にもなるべく対応しています。
北海道に暮らすお客様からのご依頼で、おばあさまの着物をお母様が引継ぎ、ふたりのお孫さん(姉妹)が着られるようにリメイクさせていただきました。
お姉さん用に一度『キモノール』にリメイクした着物を、妹さんにも着ていただけるようにまた着物に仕立て直しました。親・子・お孫さんと親子3代に渡って愛着のある着物を着ていただけるのは私たちスタッフにとっても大きな喜びです」
シニア世代こそもっと気楽に着物を楽しんでほしい
「幼い頃から車いす生活をされているかたは、着物を着ること自体、ご本人はもとよりご家族もあきらめているケースが多いんです。そもそも着物を着るということが選択肢にないかたもいらっしゃって、初めて着物を着られるとご本人もご家族も心から喜ばれます」
車いす利用者のために生まれた『キモノール』だが、シニア世代にも着てほしいと坂井さんは話す。
「金沢は加賀友禅など着物が身近な土地柄なので、若い頃から着物は身近でした。着物は生地が体になじむから私にとって洋服よりもずっとラクなんですよ。『キモノール』なら着付けは簡単ですし、締め付けがなく身体もラク。年齢を重ねて体型が変化しても調整できますし、着物を着ることで背筋も伸びてシャンとします。
若いころは着物をよく着ていたのに、年齢を重ねて着なくなってしまうかたも多いのですが、『キモノール』を着た瞬間に『これなら自分でまた着ることができる!』と笑みがこぼれます。シニア世代のお客様からは、リメイクのご依頼がとても多いんです。
金沢には兼六園やお城、神社など着物が似合うスポットもたくさんあります。茶屋街の1本裏の道は比較的人が少ないので、車いすでも散策しやすいと思いますよ。
ぜひ着物を着て楽しんでいただきたいと思います」
【データ】
『キモノール』https://kimonall.com/
レンタル:振袖・留め袖・浴衣:3000円~
リフォーム(着物からキモノールにリフォームする場合):
浴衣/約1万5000円~
振袖/訪問着など:約3万円~
※着物の種類ごとにより価格は変わる。送料別途。
石川バリアフリーツアーセンター
https://ibarifuri.com/kimonall
写真提供(特記以外):石川バリアフリーツアーセンター 取材・文・撮影/本上夕貴
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