自分を忘れてしまった認知症の人に寄り添い続け再び絆を取り戻したトイプードルの話
犬猫と暮らせる特別養護老人ホームとして、テレビでも紹介されいま、注目の「さくらの里 山科」。これまで一緒に生活していた大切な家族(犬・猫)との同伴入居も可能な施設だ。大ベストセラー『盲導犬クイールの一生』の著者が、この施設に密着し、そこ起こった感動の記録を綴る新著『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』より一部抜粋、驚きのエピソードを紹介する。
認知症になった飼い主との絆を取り戻したが愛犬の軌跡
ライトブラウンのカールした毛並みがきれいなトイプードルの「ココ」は、小型犬で13歳のオス。
ココは、2017年に橋本幸代さん(仮名)と同伴入居で「さくらの里」にやって来た。橋本さんは60代でココを飼い始めたが、当時は、まだ若いから最後まで面倒をみられると思ったのだろう。しかしその後認知症を発症し、一度、住宅型有料老人ホームに入った。家事サービスと見守りはあるが、介護はない施設である。
当初はそこで普通に過ごしていたものの、徘徊が始まり、帰ってこないことが増えていく。職員も探しに出なければならないし、そのたびに、他県に住む息子さんが駆けつけることになって、かなりたいへんな状況に。そこで、愛犬と暮らせる「さくらの里」にココと一緒に入居となり、健やかに穏やかに暮らしていた。
ところが1年後、橋本さんは転んで足を骨折して入院。すると、急激に認知症が進行してしまい、退院後ホームに戻ったら、ココのことがわからなくなっていた。
1ヶ月ぶりに車椅子で戻ってきた愛する飼い主に、歓喜溢ふれて飛びつくココ。しかし、橋本さんはまったく反応を示さない。手も伸ばさず目を見ることもなかったという。
名前も呼んでもらえず、撫でてももらえない。深く暗い悲しみが襲ったことだろう。その時のココに思いを寄せると、胸が詰まる。
しかし、そこからココは強かった。とことん飼い主を信頼し寄り添っていく。ベッドでは必ず傍らに。職員に押されて移動する車椅子の横について歩く。
そして半年が過ぎたある日。いつものように膝に乗ってきたココに向かって橋本さんは小さく「コ…コ…」と呟く。半年間言葉を発することができなかったのに、愛犬を思い出したことで声が出たのだ。嬉しくて飛びつくココ。
さらに3ヶ月後、今度は腕を一生懸命動かして、ココを撫でた。その光景を見ていた職員は、大声をあげて橋本さんに抱きついたという。以降、徐々に症状は回復していき、途切れてしまった人と犬の絆は再び、完全につながった。
今、車椅子でとても満ち足りた表情で一緒にいる2人をファインダー越しに見ながら僕は、ココの一途な愛が起こした奇跡を嚙みしめていた。
【データ】
さくらの里 山科
社会福祉法人「心の会」特別養護老人ホーム。
神奈川県横須賀市太田和5-86-1
http://sakura2000.jp/publics/index/8/
文・撮影/石黒謙吾
著述家。編集者。1961年金沢市生まれ。著書に、映画化されたベストセラー『盲導犬クイールの一生』をはじめ、『2択思考』『分類脳で地アタマが良くなる』『図解でユカイ』『エア新書』短編集『犬がいたから』『どうして? 犬を愛するすべての人へ』(原作・ジム・ウィリス・絵・木内達朗)、『シベリア抑留 絵画が記録した命と尊厳』(絵・勇崎作衛)、『ベルギービール大全』(三輪一記と共著)など幅広いジャンルで活躍。プロデュース・編集した書籍は、『世界のアニマルシェルターは、犬や猫を生かす場所だった』(本庄萌)、『犬と、いのち』(文・渡辺眞子、写真・山口美智子)、『ネコの吸い方』(坂本美雨)、『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』(石黒由紀子)、『負け美女』(犬山紙子)、『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』(中本裕己)、『ナガオカケンメイの考え』(ナガオカケンメイ)、『親父の納棺』(柳瀬博一、絵・日暮えむ)、『教養としてのラーメン』(青木健)、『餃子の創り方』(パラダイス山元)、『昭和遺産へ、巡礼1703景』(平山雄)など280冊を数える。