連載

【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第42回 母のいない暮らし」

 写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんによるフォトエッセイ。父亡き後に認知症を発症した母と千葉・勝浦で暮らす飯田さんが、母との日々を美しい写真とともに綴ります。

 新しく家族となった子犬とのハプニングで、ケガをした母。母と犬が一緒に暮らすことに限界を感じていたところに、かつて申し込んだ介護施設から「すぐ入居できる」と知らせ飛び込み、あっという間に、母は施設へ入居することになり…。

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母のいなくなった家で思うこと

 母が入所して早くもひと月半以上が経った。

 母のいなくなった家はガランとし、犬のハルがいても心の隙間は完全に埋まることはなかった。母がいたときは困ったと感じることが多かったのに、いなくなると寂しさを感じてしまうのが介護の手強いところだ。そして、いざ手放すと、空白の時間に自分を責めがちになってしまうという話はよく聞いていたが、それは私にも当てはまった。

 そんな気分の時に、母が入所した介護施設でコロナ患者が出たという事態が起き、面会が全面禁止となってしまった。いわば、強制的にしばらくの間、母に会いに行くことができなくなったのだ。5類に分類され、感染者数などのニュースも少なくなったが、コロナウイルスは、まだまだ活動しているということだ。

 これは神の思し召しだろうか?と思った。

「ほらね、急に施設に送り込まないで、母が家にいることを選んだ方が良かったのでは?」

 という考えが浮かんできたりもする。

 ケアマネさんによると「お母様のいるフロアではないのですが、今は他の階への移動は禁止となりまして」という施設からの説明だったそうだ。まずは、母の長寿体質を信じて気を落ち着かせようと自分に言い聞かせた。

 このコロナ禍でお母様を亡くされてしまった友人のことを思い出す。コロナで入院中に容態がみるみると悪化し、立ち会いもできず見送った。その悔しさ、無念さに、今も心に深い傷を負っているのだった。

「まさか…、という事が起きて。自分にとって、それはどんな仕打ちよりも辛いことだと、母の死後にわかったの」

 そう語った友人は、誰を責めることもできず、表向きは明るく日々の仕事に打ち込んでいるが、ふとした時お母様への想いが去来して自責の念に駆られるという。

 母と娘の関係は、仲良しだろうが、不仲であろうが、ある意味魂の奥深いところで切るに切れない繋がりがあるに違いない。その偉大さゆえ、時に娘は母という存在に押しつぶされそうになり、逃げたくもなる。

 恋人との別れではないけれど、「時間」が一番の特効薬!とばかりに、とにかく、暇な時間を作らないように努めた。母の部屋を整理し、母が沢山編んだコースターも以前取材でお世話になった長崎の教会関係の方の紹介でバサーに出品することになり、郵送した。

庭仕事に精を出す

 暑さも去り、庭仕事にはよい季節になってきた。

 ひと雨が降ると雑草がグンと伸びるので、草刈りの必要にも迫られる。さらに、気温が下がり害虫も活発になっている。

 田舎暮らしのワンオペは肉体労働が基本だ。以前は田舎に建つマンション住まいだったので、鍵一つで旅へ出られた。それはつくづく「いいとこ取りの田舎暮らし」だったのだなあと思い返す。でも、生きる実感とは実体験の汗の中にあるというのは事実かもしれない。

 植物を見ていて、1年2年と付き合っていくとその個性や成長の変化がわかり関係性も奥行きが出てくる。近頃、父が植えた蜜柑やレモン、枇杷の果樹の枝剪定や施肥をすると実のなり方に格段と差が出てきた。

 父がこの木を植えた40年ほど前に、将来私か誰か家族が引き継いで木を手入れすると想像していただろうか?

 父は昔の男性なので娘に向かって「〇〇して欲しい」というような話は一切しなかった。遺言も無しで困ったほどだった。でも、そんな父の願いや想念が、愛犬ナナをこの地に眠らせ、母に「勝浦に戻りたい」と言わせしめた。そして、今こうして父の遺した庭の植物の手入れを引き継いでいる自分がいる。植物は全く1人の人間の時間軸を遥かに上回るスケールの命。私がいなくなっても木々花々は生き続ける。そうとらえてもいいのかもしれない、と思うようになってきた。

 生きていた頃は、ほぼまともに話もしたことがなかった父と私であったが、今は庭を通じてよく会話しているような感覚がある。

 そんなある朝、庭仕事のためにガーデン用の手袋をはめると、途端に左の小指に針を突き刺した鋭い痛みが走った!最速手袋を外すとムカデがスルッと落ち、デッキ下へと逃げていった。

「え!ムカデに噛まれた」

 瞬く間に小指の激痛はどんどんボリュームをあげ、骨折と火傷を同時に負ったかと思うような慣れない痛みに悲鳴をあげた。害虫の毒、恐るべし。2週間過ぎてもいまだに違和感が残る。

ますます成長する犬のハル

 犬のハルもこの半月で身体がかなりしっかりと出来上がってきた。体重ももう15kgを越えようとしている。その分瞬発力も出てきてリードを引く力も相当だ。

 母がまた家に戻った時のためにと、専門家の力を借りてトレーニングを始めることにした。九十九里の近くの白子という場所にあるドッグクラブへは勝浦から車で1時間少し。しばらくトレーニングで通うことにした。

 その界隈はオリンピックでサーフィンの会場となったビーチもあり、さながらハワイかカリフォルニアのよう。実は大学時代にサーフィンの写真を撮っていたことがある。40年の月日を経て、ここがサーフィンのメッカに発展したことに、懐かしさと同時に感慨深さ感じる。

3週間ぶりの母との面会

 ようやく施設での面会も再開されたという連絡がきて、早速予約を取った。「まだガラス越しのインターフォンで10分だけの面会となりますが」とのことだが、母の顔を見るだけでもいい。

 3週間ぶりの母は、なんだか他所行きの顔をしている感じだった。

「40人くらいいるかしら、たくさんいてね。でもやる事ないから暇だわねえ」

 難聴がある上、ガラスごしのインターフォンでは、なおさら話しづらいらしく、母の表情もしんと静かな感じがした。

 ショートステイでは毛糸を持ち込み編み物ができたが、こちらは認知症専門フロアであることと、人数の多さから、趣味的な物や編み棒などの尖ったものは危険回避のために持ち込めない。

「今はハルのトレーニングをしているからもう少しここにいてね。大丈夫?」

「うん。いいわよ。普通に元気にしてますよ」

 車からハルを出して母のところへ行くと、ハルもわかったらしく尻尾をゆっくり振った。

「大きくなったねえ。あんなに小さかったのにね」

 ハルのことは、見れば覚えているらしい。

 ケアマネさんの話によると

「他の方のお世話をよくしてくださり、とてもお元気ですよ。毎日『主人が作った家に戻るの』と話されていますよ」

 とのことだった。やはり本心は帰りたいのだ。

 そして、世話焼き人の母。父といた頃は全く隠されていたキャラクターが93歳になって現れてきたのが面白い。

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写真・文/飯田裕子(いいだ・ゆうこ)

 

写真家・ハーバリスト。 (公社)日本写真家協会会員1960年東京生まれ、船橋育ち。現在は千葉県勝浦市で母と犬との暮らし。仕事で国内外を旅し雑誌メディアに掲載。好きなフィールドは南太平洋。最近の趣味はガーデン作り。また、世田谷区と長く友好関係を持つ群馬県川場村の撮影も長く続けている。写真展に「海からの便りII」Nikon The garelly、など多数。
写真集に「海からの便りII」「長崎の教会」『Bula Fiji」など。

HP: https://yukoiida.com/

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