兄がボケました~若年性認知症の家族との日々【第199回 神出鬼没のお便さま、そして…】
ライターのツガエマナミコさんが一緒に暮らす兄は若年性認知症を患っています。発症からかれこれ7年、兄の症状は進行中。日常生活全般をサポートするマナミコさんの悩みの種は「排泄問題」で、さまざまな対策を講じますが、なかなかうまくいかない…。今日も、お便さま、お尿さまに翻弄されている模様です。
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桐箪笥の危機!お尿さまがぁ!!
60歳になったらカラオケ料金が安くなりました!
会員証が一般用から老人用に変わったので、受付で「『わぁ、この人60歳越えでひとりカラオケ(笑い)』と思われるだろうな」と過剰な自意識に苛まれたりもいたしますが、いつでも1時間無料になるなんて夢のような特典をいただいて嬉し恥かしのツガエでございます。
兄のお便さま攻撃はこのところ絶好調で、ある日はお風呂場の洗面器、またあるときはベランダの片隅にと、神出鬼没でございます。
お尿さま攻撃はさらに加速度をあげておりまして、浴室の入り口、キッチン横の壁、テレビの裏の床、植木鉢の下に引いてあるレースの花瓶敷などなど…思わぬところでお尿さまと遭遇いたします。
その都度のお掃除もさることながら、「どこに何があるかわからない」という警戒心で家の中なのにリラックスできない状態です。「トイレはこっちよ」と言えば、トイレに入ってくれますが、私が部屋にこもってしまうと犬のマーキングのような要領であっちにチョロリ、こっちにチョロリしてしまうのです。
先日は、わたくしの唯一の財産である桐箪笥がほんのすこし被害に遭いました。箪笥前に置いていた有田焼の白い花瓶めがけてマーキングを致したようで、花瓶に入り損ねたお尿さまがギリギリ桐箪笥の足元に到達しておりました。
生活動線ではないリビングの隅であり、箪笥前にはあまりスペースがないにも関わらず、やられてしまいました。怒りと悲しみが入り混じり、「ツガエ家は終わったな」と真っ暗な気持ちになりました。
そうはいっても対策を講じるのが介護者の務め。折しも、『兄ボケ』を担当してくださっている編集者さまがツガエの窮地を案じてベッドなどで使う「使い捨て防水シート」を送ってくださったので、桐箪笥の足元に張り付けさせていただきました。ほかにもキッチンのゴミ箱周辺や洗面所の洗濯カゴ周辺にも壁から床にかけてを保護するように貼ってみました。この場をお借りして御礼申し上げます。
外出先から帰宅すると桐箪笥に貼ったテープを剥がした形跡もございましたし、どこまで有効かわかりません。対策をすれば、次はしてないところにすることも想像に難くございません。明日はどこでお尿さまを発見するでしょうか…。
と、さんざんなありさまの中、兄がテーブルでコーヒーをこぼしまして、わたくしが台布巾で拭きましたところ、「お手数かけてすいません」とおっしゃったのでございます。感動したのではございません。腹立たしい気持ちになったのでございます。
お尿さまお便さま掃除でわたくしが床に膝をつき額に汗していても知らん顔なのに、コーヒーで「お手数かけてすみません」とはどういうことなのでございましょうか。
そんな言葉を覚えていること、さらに正しいシーンで言葉にして言えることがわたくしには違和感でございました。
今の兄は「テレビあげる?(点ける?)」「パンツやる?(脱ぐ?)」「靴下つける?(履く?)」など、動詞の使い方がめちゃくちゃで、そのときどきで違うことを言い、「これ」と「それ」と「あれ」の区別がつかないことも度々でございます。わたくしの指がどこを指しているのかまるで見ていないかのようです。先日も小さい声でフガフガ言うので「もう少し大きな声で言ってくれないと聞こえないよ」と申し上げたのですが、音量は変わらず、聞こえてくるのは未開の地のことばのようでございました。毎日ではございませんが「原始人かな?」と思います。
その一方で、お買い物で外に行くと、何回もお散歩中のお犬さまとすれ違いまして、ときに飼い主さまに「かわいいですね~」と声を掛けたりいたします。認知症とわからないくらい自然で爽やかな声掛けでございます。しかも本能なのか計算なのか、声を掛けるのは優しそうな若い女性ばかり。間違っても怖そうな太ったおばさまや男性には声を掛けたりいたしません。認知症要介護3ですが、ちゃんと人を選んでいるあたりはあっぱれ。一種の防衛本能でございましょうか。
というわけで、また一週間がすぎていきます。
家中が「使い捨て防水シート」だらけになるのも時間の問題でございましょう。見た目が悪いだの、みっともないだの言ってはいられません。あちらに貼ればこちらに、こちらに貼ればあちらにとイタチごっこになろうとも貼りまくることを覚悟した199回でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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