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腫瘍内科医が伝えたい、がんになっても「幸せな人生」を歩むために大切なこと

「不幸」や「絶望」といったイメージがつきまとう“がん”に対する印象が変わる本が今、話題を呼んでいる。タイトルは『気持ちがラクになる がんとの向き合い方』。著者はがん研有明病院院長補佐であり、腫瘍内科医でもある高野利実医師だ。

限られた診察時間だからこそ雑談は大切

『気持ちがラクになる がんとの向き合い方』は、読売新聞の医療・健康・介護の情報サイト「ヨミドクター」内で高野医師が連載している人気コラム「Dr.高野の『腫瘍内科医になんでも聞いてみよう』」の内容を再編集した一冊。

「2012年に読売新聞で3カ月ほどの短い連載をしたことをきっかけに、『ヨミドクター』で『がんと向き合う ~腫瘍内科医・高野利実の診察室~』という連載をはじめたんです。その連載は2年で終わったのですが、ヨミドクター編集部から再び執筆の打診があり、2020年から、『Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」』の連載がスタートしました」

「Dr.高野の『腫瘍内科医になんでも聞いてみよう』」は、患者さんや読者などから寄せられる質問に高野医師が回答する形式となっており、本書も同様だ。生活の悩みや心配ごと、治療への不安や葛藤など、がん患者が抱えている悩みに対して、心に寄り添うような姿勢の回答がなされている。様々な回答の中で書かれていることのひとつが、担当医との雑談の大切さだ。

「外来にはたくさんの患者さんがいらっしゃいますから、どうしても診察時間が限られてしまいます。医者はその限られた時間の中で病気のことや治療方針をお話し、患者さんから気になる症状や治療の副作用をお聞きして対策を考え、電子カルテに記載したり薬を処方する、といったことをこなさなければなりません。そのため、診察室では医者も患者さんも緊張して身構えてしまうことが多いように思います」

 だからこそ、高野医師は雑談が必要だと考えている。

「雑談をすることによって、患者さんはもちろん、医者である私自身にも心の余裕が生まれます。患者さんから日常生活の幸せなエピソードを聞くと、私もうれしい気持ちになるんです。実際、私の患者さんの電子カルテには、医療的な内容と並行して患者さんとの雑談内容も記しています。たとえば、ライブ鑑賞が好きな患者さんのカルテには“レディ・ガガのライブに行った”、お孫さんを可愛がっている患者さんのカルテには“〇月〇日にお孫さんと会う”といった具合です」

 雑談が直接、治療に役立つこともあるという。

「雑談を通して、患者さんが大切にしていることが分かれば、具体的な治療目標が共有できますし、日ごろの生活で困っていることが分かれば、対策をすることができます。また、“友達と旅行”、“孫が遊びに来る”など、大切な予定があれば、治療のスケジュールをそれに合わせて調整します。

 患者さんの中には、“治療のために大事な予定をあきらめる”と考えている方もいらっしゃいますが、私はできる限り患者さんにとって大切なことを優先したいと考えています。患者さんは治療のために生きているわけではなく、自分らしく生きるために治療をしているのであって、治療のために人生を制限するなんていうのは本末転倒です」

腫瘍内科医として治らない患者さんと向き合う

 高野医師は「Human-Based Medicine(人間性に基づく医療)」の頭文字をとって「HBM」という言葉を作り、これを医師としてのモットーとしている。

「研修医になって初めて入院時から受け持ったAさんとの出会いが、私の腫瘍内科医としての原点です。初対面の際に採血を失敗してしまい、Aさんから叱責を受けた時には落ち込みました。でもその後、病気のことをはじめ家族のことやお互いの趣味など、Aさんとたくさんのお話をする機会がありました。すっかり打ち解けて穏やかな表情になっているAさんと接し、私は採血で失敗したこと以上に、自分に欠けていたものに気づいたんです。

 その後、私はAさんの病室へ足しげく通い、語り合うことを心がけました。Aさんはある日、私にネクタイをプレゼントしてくださり、その後まもなく永眠されました。

 私はそれ以来、病院に出勤するときは必ずネクタイを締めています。ネクタイを結ぶ時、Aさんをはじめとする患者さんたちに思いを馳せ、身と心を引き締めるんです」

 高野医師は子供の頃から医師を志していたが、高校生のとき、とある疑問を抱くようになったという。

「世の中では、病気を治すことが医者としての大きな目標だと考えられがちです。でも、人間はいつか必ず死ぬという事実を考えたとき、病気を治すことが医学の究極の目標なのだろうかと、ふと疑問に思ったんです。病気や死が避けられないとして、それでも必要とされる医療があるとしたら、それは何なのか」」

 晴れて医学部に進学してからも、その疑問はずっと心の中に残っていたという。

「私は変わり者だったんでしょうね(笑)。周囲の同級生たちが『病気を治したい』と考える中、私は『治せない病気の患者さんと向き合うことこそが医療の本質なんだ』という気持ちを持つようになり、腫瘍内科医の道を選びました」

がんの誤ったイメージを変える

 腫瘍内科医として多くの患者さんと接する中で、高野医師はひとつの事実に気づいた。

「がんの治療や、がんの症状や治療の副作用を軽くするための支持療法はかなり進歩しています。たとえば、現在の治療は10年前から見れば夢のような治療ですし、同じ抗がん剤治療を受けるとき、今の患者さんのほうが軽い副作用で治療を受けられています。しかし、医学の進歩によって患者さんの気持ちがラクになったのかといえば、必ずしもそうではありません。むしろ悩みは増えているように思います」

 がんになった原因を探して自分を責めたり、周囲にがんを患っていることを隠していたり、つらい治療に耐えるだけの日々を送ったり。患者さんが苦しんでいる根本的な原因について、高野医師は次のように語る。

「がんの病気そのものではなく、がんにつきまとうイメージが患者さんを苦しめていることがあります。動脈硬化と比べてみるとわかりやすいかもしれません。心筋梗塞や脳疾患を引き起こす動脈硬化は、日本では、がんと同程度の割合で死亡の原因となっています。罹患すると治すことが難しい点もがんと似ています。しかし、健康診断などで動脈硬化を指摘されても、大きなショックを受ける人はさほど多くないように思います。

 一方、がんを告げられると、重大な病気になったと感じ、不安に苛まれてしまう人が多いようです。『がん患者』として今までとは違う生き方をしなければいけないと思い詰めてしまうこともあります。がんがあってもなくても、誰もが自分らしく生きられるように、社会全体でがんのイメージを変えていく必要があると考えています」

「ヨミドクター」での連載を本書にまとめるにあたり、高野医師には新たな発見があったという。

「『気持ちがラクになる がんとの向き合い方』というタイトルは、担当編集者がつけてくれました。“気持ちがラクになる”という言葉をみて、自分が読者の皆さんに伝えたかったのはこれだったのだと、改めて気づきました。

 がんという病気というと向き合うのは、しんどいことですが、少し考え方を変えるだけで、気持ちがラクになることもあります。つらい思いをしているという方には、私の本がお役に立てるかもしれません。がんになったとしても、自分らしく生き、その人なりの幸せを目指してほしいし、それを支える社会にしていきたいと思っています」

高野利実さん

がん研有明病院院長補佐・乳腺内科部長。1972年東京生まれ。1998年東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、2002年より国立がんセンター中央病院内科で研修後、2005年東京共済病院腫瘍内科を開設、2008年帝京大学医学部附属病院腫瘍内科講師、2010年虎の門病院臨床腫瘍科部長と3つの病院で「腫瘍内科」を立ち上げた。2020年がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、2021年院長補佐。患者・家族支援部長、および臨床教育研究センター長も兼任し、がん診療、研究、患者支援、腫瘍内科医の教育に力を入れている。著書に『がんとともに、自分らしく生きる』(きずな出版)。読売新聞「ヨミドクター」で、コラム「Dr.高野の『腫瘍内科医になんでも聞いてみよう』」連載中。

気持ちがラクになる がんとの向き合い方

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【データ】

『気持ちがラクになる がんとの向き合い方』

高野利実著 ビジネス社/1650円

取材・文/熊谷あづさ

●『こまどり姉妹』84才で現役!末期がん危篤状態から奇跡の回復、元気の秘訣は「食事と散歩」

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