コメント
この記事へのみんなのコメント
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しおん
2023-05-20
少し見守りが任せられる場所ができて、気分的なゆとりと出るときもあって···· でも少しずつ、ゆっくりと生活や彼女の生存が薄くなっていく感じですよねシミジミ;;
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キレネンコ
2023-05-18
ぬらりんさん、お疲れ様です。 お名前の件、本当に大変ですよね! 私も父を在宅介護していた頃は、 もしもの為(行方不明とか。。)に衣類や持ち物全てに名前と住所等を 書いたり貼り付けたりしていました。 そして父亡き後、父の衣類を寄付&処分する時に その名前を全て取るのが大変でした(苦笑)。 今となっては、その大変だったことも全て懐かしい思い出です。 お母様の施設での生活が楽しい生活になりますように。 私は子供がいないので、もし主人が先に逝ったら 諸々いろんな手続きどうしようかなとあれこれ考えてしまいますが。。
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ももりん3030
2023-05-14
毎週、楽しみに拝読させていただいてます。 母が腸閉塞の手術後にデイケアとデイサービスを利用することになった時に、私も数種類のシールを注文しました。 その後、ネットの印鑑・チラシ等専門サイトで大・中・小の一行ゴム印と、別サイトで「おなまえスタンプ用インキセット」(洗濯しても落ちない)を注文して、衣類はほぼゴム印で済ませるようにしたらとてもラクになりました。 洗濯してるうちに薄くなってきたら再度スタンプしてますが、多少のズレはご愛敬です 笑 シールは歯みがきセットや衛生用品等の持ち物用に今も使用してます。 3年半お世話になっているデイサービスは自宅から近いので移動時間が短いこと、タオル類も施設で用意して貰えること、スタッフの皆さんが素晴らしい方達なのでとても感謝してます。 でも、初めに並行してお世話になったデイケアは1年後に少し問題が有ることに気付いたので利用を止めました。 お母様に合った施設でありますことを心から願ってます。 さて、自分のことはどうするの?? 私も独り身なのであれこれ思うことが多いです・・・苦笑
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とりまる
2023-05-14
ぬらりんさん、入所準備お疲れ様です。 今は布に接着できるシールなんてあるんですね。 母の時は油性マジックでタグやコップ、靴下にも書いていた事を思い出しました。洗濯していくと消えるので書き直ししたり。 ところで、お母様への入所の説得?はどのようにされたのでしょうか。 知恵者のぬらりんさんなのできっと上手に事を運ばれたと思うのですが、 もし差し支えなかったらそのあたりも漫画にしていただけると参考になります。
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セリニ
2023-05-14
ぬらりんさん、こんにちは。 わかります!うちも今年の2月に母が施設に入りました。 お名前シール、3種類1シート50枚を2枚ずつ…足りませんでした。 うちはタオル等は施設が用意したものを使うので、そこは無かったので助かりました。 しかし!これを乗り越えると、ものすごく楽になりますので、がんばってください!! 私も独り身なのでよく、 私が認知症になったら、こんなこと誰がやってくれるの? と、不安になります…。 今のうちから区役所に聞きに行こうと思います…。
最近のコメント
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月香
2026-02-13
私も押し入れの中に大事に置いたままのガスボンベがありその時点で調べて10年位の物もありどうしようかと思っておりましたが、一応ベランダでカセットコンロに装着し火を付けましたら問題なく点火しました。そのまま使い切ろうと思いずっと付けておきましたがそれはそれで勿体ない気持ちになり、ヤカンを乗せてお湯を沸かしました。カセットボンベは何本かありましたのでヤカン何杯分かお湯が出来ました。ベランダでガスを抜く作業は絶対にダメだと禁止されているのであれば、コンロに装着し使ってみてください。使えばガスは溜まりませんよ。
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まう
2026-02-12
一気に読ませていただいてます。少しでも、天国のお母様に気持ちが届いてますように、作者様に今癒やしの時間がありますようにと願いながら読ませていただいてます。そして「わかるなぁ」と、おとなしく読ませていただくだけのつもりが、どうしてもコメントをさせていただきたくなりました。 作者様はその都度その都度、出来る最大限のことをお母様にされたと本当に思います。 例え「ありがとう」が返ってこなくて文句のような答えが返ってきたとしても、繰り返し繰り返し できる最大限のことをされたと思います。 私もそうだったと信じたいですし、信じています。私のことを少しだけ吐き出させてくださいませ。 2020年3月、旅行業という私の仕事も状況が変わり、母が同時期に倒れ、そこからはリモートワークや病院勤めで耳にヘッドセットをつけながら母の食事を作っていましたっけ。私も器が大きくなかったのか 苛立つこともありました。 ですが、亡くしてから3年、母のことを想わない日は1日もありません。母がいよいよ数時間でお別れかという時、病室の酸素吸入の音と肩で息をする母を抱きしめました。 どうして、恥ずかしくてもなんでも、母が家で生活してくれていたときに1度でも抱きしめなかったんだろうとそれだけが心残りです。自らの病が辛かったのでしょう。徐々に生きる気力をなくした母に「生きて居てくれるだけでいいんだよ」と言ったのですが、母自身がやはり気力をなくす程辛かったのだと想います。 亡くしてから(介護者自身に余裕や空白の時間ができてから)感じることもあると想います。 偏食の母が心配すぎて病院なのに差し入れ夕食を毎日のように持っていきました、が 今想うのは、母が元気なときに、本当に優しくしたかった(でも照れくささや甘えでできなかった)。 病院に対して感じるのは、感謝と、母へ持って行ったスプーンフォークセット(こどものお弁当のような)が、なんだか綺麗なままで、、「母はちゃんと食べさせてもらっていたのかな」ということも考え、切なくなんともいえない気持ちになりました。 意思疎通ができる間に、自分の家族や周囲や、出会う人に、誠実に接していこうと感じます。母も安心するでしょう。 突然でてきた作者さんの記事、読ませていただいて本当に有難うございます。沢山泣いて、すっきりしたように想います。
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みみ
2026-02-12
わが身を振り返る内容です。気づかぬうちに、すっかり人付き合いの筋トレ衰えています。 人並みの社交性はあったものの、中年過ぎると、若い時みたいに、一緒に楽しもうよ!っていうより、なにかとひとの生活を詮索する人が増えた気がします。 年とともに脳の前頭葉も衰えてくるからか、相手の気もちも考えず、ズケズケと自分が聞きたいままに質問してくる人が多くなり、人付き合いがニガテになってしまいました。よそのお金事情、家族構成、家族の介護や病気が気になるようで、楽しい会話というより、もはや国勢調査みたいです… つがえさまのご友人のように、視野が広がる人付き合いはいいなと思いつつ、また詮索やウワサ好きな人に会いそうでつい萎縮してしまいます。 ところで、お兄さまが、その後ご無事に過ごされていらっしゃって安心しました。お大事になさってくださいね。お兄さまの介護時の連載からの読者ですが、介護を離れられても変わらず、連載を楽しみに読んでいます。いつもありがとうございます。
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