連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第191回 ボケ兄の観察日記】

 57才で若年性認知症を発症した兄(現在・64才)と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさん。兄の病気が原因で思いもかけぬトラブルが発生することも多いのですが、何も起こらない平和な一日もあります。今回、マナミコさんは、そんな普段の一日を綴ってくれました。

 

 * * *

たとえるなら「ハシビロコウさま」

 兄が日々何をして過ごしているのか、気になっている読者の方々のリクエストにお応えして、今回は1日観察日記風にお届けしたいと思っております。

 といっても本当に何もしておりませんので、いつも以上に内容の薄い回になることは間違いございません。どのくらい動かないかと申しますと、置き物のごとく動かない鳥として知られる「ハシビロコウさま」より少しマシといった程度でしょうか。

 今朝は7時ぐらいにリビングへお出ましになり、自分のお席にお座りになると、「さぶいな」とおっしゃり、肩をすぼめていらっしゃいました。

 わたくしが掃除機をかけている最中でしたので、窓は全開でしたが、さほど寒いわけではないので無視しておりますと、しばらくして不満そうに上着を着ようとなさいました。しかし、悲しいかな袖口がわからずに着られないまま再び着席。今日のファッションは、長袖のヒートテックインナーにトレーナー、その上にフリースをお召しになり、ボトムはモコモコの暖パンツに靴下でございます。

 何を隠そう、兄は24時間、寝ても起きてもだいたいこのスタイルでございます。パジャマ的なものに着替えたりいたしません。自慢じゃございませんが、わたくしが横着をしているからでございます。

 兄はおもむろにトイレにひきこもり、掃除機が静かになると再びリビングにお出ましになりました。わたくしが窓をしめてエアコンとテレビのスイッチを点けるのを見届けますとお席についてテレビ鑑賞のスタートでございます。

 テレビをご覧になりながらパンを食べ、コーヒーをお飲みになり、食後にお薬を飲んで、リハビリパンツの交換儀式をいたしました。まずはモコモコ暖パンツを脱いでいただき、次はトランクス、さらにリハパンと、一つ一つご指示申し上げればなんとか自力で脱いでいただけます。ときにトランクスまで脱いだのに「パンツ?これ?」と靴下を脱ぎだしたり、上着を脱ごうとすることもあるのが認知症あるあるでございましょう。まだまだ片足立ちもできるので、よたつきに気をつけながらリハパン、トランクス、暖パンツと順番に手渡しながら儀式完了。あとは各々の時間でございます。

 わたくしは家事をしたり、仕事をしたりで兄と積極的におしゃべりすることはございません。この冷酷な妹に合わせるように、兄も物音を発することなく、トイレとリビングを行き来しながら、午前中の情報番組をご覧になります。もしテレビがなければツガエ家は不気味なほどに無音ございます。

 思い出したように家の中をウロウロする以外は、たまに「へぇ~」とか「アハハ」とテレビに反応するくらいで、多くの時間は無言でございます。

 本日のお昼は袋ラーメンにいたしました。チャーシュー、メンマ、モヤシ、ネギをトッピングしたラーメンを二人で向かい合ってすすりました。わたくしが10分ほどで食べ終わるのに対して、兄は30分ほどかけてゆっくり召し上がります。お茶を入れて、しばし一緒にテレビを拝見しました。が、特に話をすることはございません。

 午後の兄は、睡魔に襲われて椅子に座り、腕を組んで目を瞑っておりました。そうかと思えば立ち上がり、窓の外を眺めたり、テレビにかぶりつきドラマを食い入るように眺めたりもいたします。CMの音楽にノッて足でリズムを取ったりもしておりました。

 唯一の行動と言えるのは夕方のお買い物。今日もカゴを持ってついてきてくれましたが、非力なのであまり役にたちません。帰ってきたら安いおやつを一緒に食べ、わたくしは夕食に向けて一直線でございます。

 兄はそのまま座り続けて、夕食が出てきたら食べるだけ。本当に何もいたしません。

 一緒にテレビを観ていても、会話は一方通行でございます。わたくしが「あら、大変だ」と映像に反応しても、「本当だ」とか「そうだね」ではなく、「何、どうしたの?」とわたくしの顔を見てくるのです。「テレビの話よ、今すごかったじゃん」といっても、もはやウンでもスンでもございません。

夜は、わたくしが「お兄ちゃんの寝るお部屋はこちらですよ」と誘導するまで、お仕事のようにテレビの前に座り続けています。その合間にわたくしの部屋を何度ものぞいては存在を確認しておりました。就寝は22時~23時を目安にしております。あまり早く寝かせても、朝方早くにわたくしの部屋を開けようとするので……。

 ざっと、毎日このような感じで暮らしております。

「もう少し会話してあげないとお兄さんかわいそう」というお声が飛んできそうな観察日記となり、我ながら「鬼妹」振りを再自覚したツガエでございました。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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この記事へのみんなのコメント

  • RI-ちゃん

    絵日記風の挿絵?かわいくて楽しいアイディアですね。

  • rekotonekotati

    初めてコメントします。  私も母の介護をしていますが、お兄様への介護の様子とマナミコさんの心情が我が家とリンクして「プッ、そうそう」「そうなのよ」などと独り言をいいながらいつも楽しく拝読しています。  我が家も今回、介護認定で要介護3にめでたく昇級したのですが、やはりそうなってみると施設に入所させるのではなく、自分でできる限りのことをしたくなってしまいました。  マナミコさんと同じように感じてしまったのかもしれません。 どこまで出来るかわかりませんが、もう少し一緒にいたいと思います。

  • RI-ちゃん

    若年性認知症のお兄様との日々ー食事、排せつ、着脱・・・すべてに介助要なんですね。 静かで温和なお兄様ー鬼妹じゃなく、十分に心配りしていらっしゃる妹、マナミコさんーのご様子もよくわかりました。 こちらは周りに認知症が多く予備軍もいて、毎回考えさせられ、また奮闘していらっしゃる姿に感心していますよ。 お兄様、テレビがお好きでよかったです。

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