兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第190回 科学的介護で幸せになれるでしょうか?】
AIがどんどん賢くなり、人間を追い越しそうな勢いの昨今、介護の世界も同様です。認知症を患う兄と同居し、兄の日常をサポートするライターのツガエマナミコさんが綴る連載エッセイ、今回は、科学と介護について考えたというお話です。
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とある記事を読んで考えたこと
先日「科学的介護を目指す動きが本格化」という記事を目に致しました。奇しくもわたくしが、第178回でジョークとして言及しておりましたようなことが、すでに国によって考えられていたのであります。
《そんなにAIが賢いなら、認知症の人の行動や発言、洋服を後ろ前に着てしまうような原因を解析してアルゴリズム(問題解決に用いる手順・計算方法)とやらで無駄のない管理をして、肌触りのいい人型ロボットを作りだして臨機応変に介護していただけないものでしょうか?》(178回より)
もちろん内容は全く違うのですが、方向性はだいたい同じで、超アナログな介護に科学を取り入れようとしているのは間違いがないようでございます。
その記事の中で、とある介護施設の施設長さまが、ものの見事にわたくしや国の考えに異論を唱えてくださいました。
国が進めようとしている科学的介護は、データやエビデンスに基づいたサービスの標準化でございます。現場の効率化を進め、より少ない職員でサービスを提供できるようにしようとするもの。介護職の人手不足問題に対応した試みとも言えるでしょう。
でも「無駄のない介護」が「質のいい介護」かといえば、「ノー」だと施設長さまはおっしゃいます。例えば「トイレに行きたい」というお年寄りがいても「膀胱センサーが反応していないときは行かなくていい」が標準化されてしまったら、お年寄りはストレスを感じることでしょう。さらには、お年寄りがどうしてしょっちゅうトイレに行きたいと言うのかを職員が考える機会が少なくなる。センサーの反応やデータの数字ばかり見て、目の前の人が発しているサインに気づきにくくなるとおっしゃるのです。
わたくしは兄に振り回されてばかりいるので、文明の利器でスムーズにできれば楽だよね~と思うタイプですが、真に思いやりのあるプロの介護職の方はデータには現れないような個々人の機微を大切にしたいと考えてくださる。そしてデータに現れないような個々人の機微に気づけない介護になってしまうことを危惧されている。ありがたいことでございます。
なによりわたくしがドキッとした施設長さまのお言葉は「全体の利益のために、一人の人間(生産性がないとみなされたお年寄りなど)の存在を犠牲にしてもいいという考えが、私たちの骨の髄まで染み付いてはいないでしょうか」という一文でした。
「認知症であれば隔離されても仕方ないだろう」と考えがちな自分のことをずばり言い当てられたと思いました。骨の髄まで染み付いたわたくしの合理主義はどうしたら変わるのでしょうか。
国がすすめる科学的介護で介護されるのは、10年後のわたくしかもしれません。まぁ、介護する人が楽になるなら、わたくしは科学的でもアナログ的でもいいように思いますが…。
施設長さまは、こんなこともおっしゃっています。
「今苦しいのは、未来を楽にしたいと思っているからです」
この一文を読んで思ったのは、イソップ寓話の『アリとキリギリス』。わたくしの時代は、冬に備えてせっせと働いて食料を蓄えているアリさんの方が賢いと教えられたものですが、解釈が違えば、先々のために今を犠牲にせず、楽しめるときに大いに楽しむキリギリスさんの方が賢いと考えることもできます。
兄の介護でどれだけお金がかかるか分からないから今我慢して節約するのが賢い――と信じてきましたけれど、我慢した先に幸せがあるとは限らないのでございます。天災はもちろんのこと、世界情勢が不安になっている昨今は尚更でございましょう。点けっぱなしの電気に腹を立てたり、衝動買いを後悔したり、デイサービスを増やすと料金倍になるな~と悩んだりするよりも、「今日も生きてた。よかったよかった」でいいのかもしれません。
後先考えずに生きるのがいいとは思いませんが、将来に備えすぎて今をつまらないものにしないよう、ゆるく考えながら生きていこうと思ったツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
●ポータブルトイレの導入をイヤがる父を説得するあの手この手。心穏やかに過ごせるなら、それでいい!【実家は老々介護中 Vol.14】