甲状腺の病気を徹底解説「バセドウ」「橋本」「腫瘍」の症状・治療法、間違われやすい病気一覧も【伊藤病院院長が解説】
甲状腺とは、のど仏の下にあり、蝶が羽を広げたような形をしている内分泌器官のこと。ここから分泌される甲状腺ホルモンには、全身の臓器や細胞の新陳代謝を活発にする働きがある。また、体温の調節や脳の活性化、肝臓に働きかけて血液中のコレステロール値を調整するなどの役割もある。
「甲状腺ホルモンは、多すぎても少なすぎても全身に影響を及ぼします。働きが多様なだけあって、症状もさまざまです」
とは、甲状腺疾患の専門医・伊藤公一さんだ。
■甲状腺はのどにある小さな器官
甲状腺は蝶が羽を広げたような形の器官。主に、右の右葉、左の左葉、中間の峡部で構成されている。健康な甲状腺は縦3~4cm、重さ約18g、厚さは1cmほど。
症状は千差万別。まずは3つの病気を疑う
たとえば、甲状腺ホルモンが増えすぎると、新陳代謝が活発になりすぎる。最も影響を受けるのが心臓で、脈拍が速くなったり、動悸・息切れがする。常にエネルギーが燃えている状態なので、体がほてって微熱が出たり、汗をかきやすくなる。全身の細胞が必要以上にエネルギーを消費するため、体力を消耗し、疲れやすくなるのだ。
「体は常に全力疾走状態で休まらない。エンジンを空ぶかししているような状態です。このように必要以上に甲状腺ホルモンが分泌されている状態を甲状腺機能亢進症(こうしんしょう)といい、バセドウ病が最も一般的です」(伊藤さん・以下同)
バセドウ病の場合、眼球が出るケースもあるため、見た目にもそれとわかりやすい。
「眼球突出は患者さん全体の2~3割で、眼球の奥にある筋肉や脂肪の組織が炎症やむくみを起こし、眼球を前へ押し出してしまうのです」
一方、甲状腺ホルモンが不足すると、新陳代謝が低下した状態になる。鼓動が弱く、脈拍数も少なくなり、代謝が悪いため大して食べていないのに太ってしまう。エネルギーが燃焼されないため、体温が低くなり、寒さを感じやすくなる。汗をかかないため皮膚は乾燥し、粉をふいたようになることも。何をするにも億劫で、気力がなく、うつ状態になったり、声がしわがれるケースもある。
「甲状腺が慢性的な炎症を起こして、甲状腺ホルモンがつくれなくなります。このような状態を甲状腺機能低下症といいます。橋本病の名でも知られています」
甲状腺そのものにしこり(甲状腺腫瘍)ができることもある。良性と悪性のものとがあるが、大部分は良性だ。このように甲状腺に起こる病気は、機能亢進症、機能低下症、甲状腺腫瘍の3タイプに大きく分けられる。
甲状腺の機能異常が起こると、亢進症でも低下症でも、さまざまなつらい症状があらわれ、常に体調がすぐれない状態が続く。正しい治療を施さない限り一生だ。しかも、周りの人からは、気のせいだ、怠け者だなどと言われ、誤解されることも少なくない。それがより患者を苦しめる。
医師でも専門外だと見逃されてしまう恐れがあるのも問題で、心臓病や糖尿病、腎臓病、あるいは婦人科疾患などと誤診されることが多い。その結果、原因が甲状腺にあることに長い間気づかないまま、間違った治療を続けてしまう。
「経験を積んだ専門医なら、患者さんが診察室に入ってきたときの顔色や歩き方、首の太さ、声の調子などでわかります」
甲状腺疾患の可能性を少しでも感じたら、まずは専門医の受診を心がけたい。
バセドウ病の治療は3タイプある
甲状腺疾患は原因が解明されていない。ストレスであったり、妊娠・出産による女性ホルモンの変化のせいだともいわれるが、定かではない。ただし、自己免疫や遺伝などとの関連がわかってきている。
「免疫は体に侵入した病原体を攻撃し、健康を維持するために大切な仕組みです。これがまれに自分の体を攻撃する抗体を作ってしまうのです。このような病気を自己免疫疾患といい、バセドウ病や橋本病もその一種です」
バセドウ病では、甲状腺を異常に刺激する抗体がつくられ、その結果、どんどん甲状腺ホルモンがつくられてしまう。治療は、過剰になった甲状腺ホルモンの量を調整することが中心になる。主な治療法は3種類だ。
「最も一般的で、多くの人がまず行うのは、甲状腺ホルモンの分泌を抑える“抗甲状腺薬”をのむこと。発病から1年以内で、首の腫れが小さい患者さんには特に効果的です。初期は、甲状腺機能を早く正常に戻すため充分な量をのみ、その後、甲状腺ホルモン値を見ながら徐々に減量し、一定量の服用を続けます。薬の量は人それぞれですが、定期的に通院し、服薬を続けることは、すべての患者に共通して大切なことです」
2つ目はアイソトープ(放射性ヨウ素内用)療法。放射性ヨウ素のカプセルをのんで、甲状腺の細胞を減らす。
「薬が効きにくい、副作用が出るなど体に合わない人や、早く治したい人、通院が難しい人に向いています」
そして3つ目は甲状腺を全摘する手術だ。
「首を切開し、甲状腺を取り除きます。手術時間は1~2時間で、1~2週間の入院が必要になります。術後はのみ薬でホルモンを補います」
症状が強く生活に大きな支障がある場合に検討される治療法だが、高齢の場合は体力的な問題から避けた方がよいか検討が必要だ。
橋本病は薬の量を調節しながらの投薬治療
甲状腺を刺激する抗体がつくられるバセドウ病に対して、橋本病は甲状腺を破壊する抗体がつくられる。
「橋本病も首の状態が発症の目安となっており、のど仏の下から鎖骨の上あたりがゴムのように硬くなり、表面がゴツゴツして、時にはしこり状になります」
橋本病の治療は、甲状腺ホルモンと同じ成分の薬をのむのが主な治療法だ。服用は少量から始め、血液検査でホルモン濃度を測りながら徐々に増やし、適量を決めていく。病気の程度や個人差はあるが、服用を始めて1~4か月くらいで、甲状腺ホルモンの数値が正常になり、症状が和らぐという。
「薬の効果が表れて、症状がよくなった患者さんはよく、“長い冬眠から覚めたよう”と言います。橋本病は特に症状が漠然としていて診断がつきにくく、長年、間違った治療を受けているケースも少なくないため、そのような感想をもたれる人が多いのかもしれません」
橋本病の場合、ヨウ素を含む食品を摂りすぎないように注意することも必要。ヨウ素(ヨード)は甲状腺ホルモンの材料になる必須元素で、昆布などの海藻類に多く含まれている。大量にヨウ素を摂ると機能低下症になる可能性があるのだ。
■ヨウ素含有量チェック 摂りすぎに注意!
・昆布(乾燥5cm角5g)/12
・昆布の佃煮(15g)/1.65
・とろろ昆布(5g)/9
・昆布だし汁(昆布0.5~1g)/1~3
・ヨード卵(1個)/0.4~0.7
・ひじき(乾燥5~7g)/1.5~2
・わかめ吸い物(乾燥1~2g)/0.08~0.15
・焼きのり大1枚(1g)/0.021
・寒天(10g)/0.0021
文部科学省「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」と伊藤病院資料より作成。
甲状腺腫瘍は悪性でも術後20年の生存率95%
甲状腺腫瘍の場合、良性か悪性(甲状腺がん)かの見極めが大切になる。日本人がかかる甲状腺がんの約90%は甲状腺乳頭がんで、手術後20年の生存率は95%とされている。良性で腫瘍が周囲を圧迫するほどの大きさでなく、外から見ても目立たない場合には、治療せずに経過を見守るケースもある。
「ただし触診、超音波検査、細胞診検査を行っても、良性・悪性かの判別ができなかったり、直径が4cm以上になった場合には、手術で切除することをすすめます」
このように甲状腺腫瘍については、そのまま経過を見ればいいのか、あるいは手術で治療すべきかを適切に見分けることが必要なので、専門医に相談することが肝要だ。
1年に1回は、甲状腺の血液検査を!
日本での甲状腺疾患の患者数は、500万~700万人といわれている。これは糖尿病の患者数に匹敵する数字。それだけ身近な病気なのだ。
「甲状腺ホルモンの機能は、血圧や血糖値と比べると比較的コントロールがしやすく、入院治療が必要なケースは全体の10%ほど。多くの患者さんは、自宅で普通の生活をしながら治療ができるんです」
甲状腺の病気だと診断されるまでは大変かもしれないが、そうとわかれば改善できる可能性は高い。だからこそ、早期受診・早期診断が大切だ。
「甲状腺の病気かどうかは、血液検査(甲状腺機能検査・甲状腺自己抗体検査)で簡単に調べられます。ただし、通常の健康診断の検査項目には含まれていないので、人間ドックなどで個別に検査する必要があります。甲状腺の専門病院ならば、当日に結果が出るうえ、超音波検査で甲状腺腫瘍の有無もわかります。40代以上の女性ならば年に1回はこの血液検査を受けてほしいですね」
不調の原因がわからないのは本当につらい。正しい診断がされず10年近くひとりで悩み続けるケースも多い病気だからこそ、正しい知識と対処法を知っておきたい。