尿意より介護職員の見送りを優先し失禁した母は「認知症になっても礼儀正しさを失わずかっこいい」
岩手・盛岡で暮らす認知症の母を遠距離介護している工藤広伸さん。実家に滞在して母と過ごしていたある日のこと、デイサービス帰りの母が、玄関で失禁してしまったという。このとき感じたのが、「かっこいい」というもの。どんな理由があるのだろうか?認知症介護における失禁にまつわる意外なお話だ。
母の失禁に初めて感じた気持ち
介護中の尿や便の失禁は洗濯や掃除などに時間を取られますし、ニオイも気になるので介護者にとってあまり心地のいいものではありません。
わたしも何年にもわたって母の失禁処理をしてきましたが、どちらかというとネガティブなものとして捉えていて、母が失禁するたびに「あ~」とか「やっちゃったか~」といった反応にどうしてもなってしまいます。
しかし今回初めて、母の失禁を「かっこいい」と思った瞬間があったのです。
デイサービスのスタッフさんを見送る母の習慣
母は週3回デイサービスに通っていて、わたしが実家に帰省しているときは、朝に母を見送り、夕方に出迎えるようになっています。
認知症のほかにもシャルコー・マリー・トゥース病を抱えていて手足が不自由な母は、デイのスタッフさんの介助がないと車から降りられませんし、車から玄関までも歩行の介助が必要です。杖は使っておらず、スタッフさんの腕にしっかりつかまりながら、ゆっくりと玄関まで歩きます。
玄関の前まで来ると今度はわたしの腕をつかんで、お迎えは終了になります。スタッフの方に「ありがとうございました」と挨拶をし、家に入ろうとすると母は「ちょっと待ちなさい」と言って、それを許してくれません。
スタッフさんが車に戻ってドアを閉め、他のデイの利用者さんを家まで送り届けるために次の目的地へ向かうのですが、母はその一部始終を見守り、必ず手を振って見送ります。それが終わるとやっと、家に入ってくれるのです。
認知症が進行しても残る「礼儀」
母がデイのスタッフさんを見送る理由は分からないのですが、おそらく家まで送ってくれてありがとうと思っているからだと思います。というのも、家に来る他の介護職の方にも感謝の意を伝えたいからと、いつも何かおみやげを持たせようとするのです。
介護職の方は受け取れないので、気持ちだけ受け取ると言ってくださるのですが、母は自分が何かお返しできるわけではない、せめて感謝ぐらいは伝えたいという思いがあるから、必ずデイのスタッフさんを見送るのだと思います。
もうひとつの理由は、礼儀です。認知症が進行しても、母の礼儀正しさはしっかり残っています。デイのスタッフさんを見送らずに、さっさと家に入ってしまうなんて失礼と考えているようです。
失禁しないための対策
ある日のことです。デイサービスから帰ってきた母といつものように見送りをして、玄関の扉を閉めた直後、急に玄関の床が水浸しになりました。
一瞬、何ごと? と思ったのですが、母のズボンを見たら濡れていたのですぐに失禁だと分かりました。夜間の失禁はよくあるのですが、日中にしかも玄関先での失禁は初めてのことです。
驚きはしたものの、玄関の床が石で掃除がラクだったのと、母も落ち込む様子もなくすぐに自分の部屋まで壁伝いで歩いて戻ったので、わたしは部屋までの床が尿で汚れていないかをチェックするくらいで済みました。
デイサービスの送迎車の中での失禁は、これまで何度かありました。対策としては、デイサービスを出る直前にスタッフの方が母に声掛けをしてトイレに行ってもらう、軽めの尿を吸収する失禁パンツを履いてもらうなどを行っています。
本当はリハビリパンツやオムツを履いてもらいたいところなのですが、母が廃棄をせずに洗濯機で洗濯をしていまいます。そうするとオムツの中に入っている、尿を吸収するための吸水ポリマーが破れて出てきてしまい、他の洗濯物に大量に付着します。
こうなってしまうと洗濯槽の掃除や洗濯を再度行わなければならず、さすがに洗濯槽の掃除まではヘルパーさんにお願いできないので、やむを得ずオムツは使っていません。
母の失禁をかっこいいと思った理由
わたしは失禁の処理をしながら、母親を「かっこいい」と思う不思議な感情が芽生えました。なぜだかよく分からなかったのですが、とにかくかっこいいと思えたのです。
母はおそらく送迎車の中で、尿意を催していたのでしょう。しかし車を止めるわけにもいかないので、我慢してなんとか家まで到着したのだと思います。普通ならそこですぐトイレに向かいます。ところが母はガマンを続けて、トイレよりも見送りを優先したのです。
デイのスタッフの方を最後までしっかり見送って、わたしが玄関の扉を閉めたときに安心して失禁してしまったのだと思います。たとえ失禁したとしても、スタッフの方に失礼のないようにと礼節を重んじた母――。
これはわたしの勝手な妄想なのかもしれませんが、思えば認知症になる前から礼儀正しい母でした。どんなに認知症が進行しても、人間の根っこの部分は変わらないのだなと思った出来事でした。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(79歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442。
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