樹木希林さんも… 高齢女性が恐れるべき「死を招く骨折」とは
なぜ、大腿骨骨折が最悪の結果を招くのか。大腿骨を骨折するとほぼ100%、手術を行う。高齢者の場合、手術後に命にかかわる問題が生じるケースが多いという。まず考えられるのは、骨折が直接的に死につながるケースだ。
「骨折後に大腿骨の骨髄に含まれる脂肪が血管に流入し、それが肺の血管を詰まらせる『脂肪塞栓』が発生するケースがあります。するとショック状態になって呼吸障害が起こり、意識を失ってそのまま亡くなります。大腿骨は大きい骨なので、他の骨折より脂肪塞栓が起こりやすく、要注意です」(吉田医師)
脂肪塞栓は、骨折から2~3日後に発症することが多い。
「骨折後、この期間に急激に意識が遠くなったら脂肪塞栓が発生した恐れがあります。鋭角にポキッと折れた時より、粉砕ぎみにグチャッと折れた時の方がリスクが高く、やせている人より太っている人に起こりやすい」(吉田医師)
誤嚥、敗血症、認知症…長い入院が招く合併症の数々
より多く発生するのは、転倒による骨折が「間接的」に死の原因となるケースだ。全国在宅療養支援診療所連絡会会長で、新田クリニック理事長の新田國夫医師が説明する。
「手首や腕などとは違い、大腿部を骨折して手術を行うと、その後はベッドで安静にするケースが多くなります。高齢者はじっとしていると1日につき2%活動力が低下するので、1週間の安静で14%も能力がダウンします。長く入院生活を続ければ、寝たきりになるリスクが増すわけです」
手術後、ベッドで過ごす時間が長くなると「合併症」の危険が増す。
「寝たきりになって活動力が落ちると、誤嚥による肺炎が起きやすくなります。床ずれが悪化して皮膚が剥げ落ち、そこが感染症を起こして敗血症になるケースもあります」(吉田医師)
骨折後は認知症の進行にも気をつけたい。
「高齢者が寝たきりになると、認知症の症状を呈するリスクが増します。また、もともと認知症だった人が大腿骨を骨折すると、妄想等の認知症の周辺症状が進行しやすくなり、手術後のリハビリが難しくなります。寝たきりになるリスクが一層高くなる」(新田医師)
骨折をきっかけに認知症が進行する。はたまた、認知症のため動作が鈍くなり転倒・骨折し、認知症が進み寝たきりになる――大腿骨骨折により、そういった悪循環が生まれてしまう可能性があるのだ。
運動よりも人との交流が大事
大腿骨骨折後、樹木さんのように死を迎える人と、黒柳のように復活する人の「境界線」はどこにあるのか。樹木さんの場合、がんの治療が影響した可能性がある。
「がんを長く患っていると、骨に転移することがあります。そうした状況で骨折すると、出血量が非常に多くなり手術や治療が困難になる可能性があります」(吉田医師)
一方の黒柳は高齢ではあるが健康そのもので、寝る前に50回のスクワットを日課にしていた。
「黒柳さんの場合、日々の鍛錬により骨が強く、筋力があったのかもしれません。このため術後のリハビリが問題なく進み、順調に回復できた可能性があります」(田辺医師)
一般に基礎疾患や骨粗しょう症がある患者ほど、大腿骨骨折の予後は悪くなりやすい。
「持病があり心臓や肺の機能が落ちていたり、糖尿病を持っている人ほど、大腿骨骨折による死のリスクが高くなります。基礎疾患があると免疫機能が低下し、手術後に感染症にかかりやすい面もある。また女性に多い骨粗しょう症には、ある程度遺伝性があるので、母親が骨粗しょう症で大腿骨骨折をした女性は、自分が高齢になったら気をつけてほしいです」(吉田医師)
メンタルも予後に影響する。在宅診療の第一人者でもある新田医師は、「意外にもひとり暮らしが効果的なんです」と指摘する。
「手術後に大事なのは、患者本人が生活の場でリハビリを続けることです。その際、ひとり暮らしの方が”自分が頑張らないと生きていけない”と、元の生活に戻れるよう奮起する傾向があります。
逆に家族がいると、“あまり動かない方がいい”“病院にいた方が安心だ”となりがちで、ベッド生活が続いて寝たきりに近づきます」
実際に手術した後には何をすべきか。大腿骨骨折は脂肪塞栓などを引き起こさない限り、多くの場合、手術後1週間以内に、リハビリが始まるという。新田医師は「単純な動作」が効果的と指摘する。
「あまり難しいことを考えず、まずは”立って、座って”を何十回も繰り返すことです。この動作で筋力をつくり、歩くことで体のバランスを取り戻していきます。ここでポイントとなるのは周囲のサポートです。特に娘は親に対して”あれをして!”“これやらなきゃダメでしょ”と命令形になって患者がうんざりするケースが多い。家族が邪魔をしないよう注意が必要です」
大腿骨骨折を未然に防ぐために最も大切なのは「人との交流」だと新田医師は言う。
「骨粗しょう症を防ぐ薬や運動も確かに大切ですが、最も必要なのは人と交流することです。高齢者に“運動しなさい”と言ってもなかなか難しく、それより人と交流する方が外出につながり、歩行バランスもよくなります。実際に運動ばかりする人と地域の集まりに参加する人を比べると、後者の方が健康的だったという調査結果もあります。地域との交流こそ、転倒を予防するいちばんの策なんです」
まずは骨折しないように備え、骨折してしまったら寝たきりを避けるよう心がけたい。
※女性セブン2018年10月11日号