冬場のトイレ事故はなぜ多い?排尿による血圧変化、排便ショック、ヒートショックのメカニズム
あ~もう朝か。寒いからまだお布団でぬくぬくしていたいな。でも、トイレに行きたくなってきた。よし、もうがまんできないから行こう! その何気ない日常の行動で、命を落とす人が多い季節がやってきた。なぜ冬はトイレ事故が多いのだろうか? 専門家に詳しい話を伺った。
あの日トイレに行った妻が…
「2020年の年末、トイレで妻が倒れたんです」
そう振り返るのは関東在住の60代男性だ。
「その日は特に冷え込みが厳しく、妻は暖房をガンガンにかけた居間からトイレに駆け込みました。なかなか戻ってきませんでしたが、寒いなかトイレに行くのが面倒でずっとがまんしていたから時間がかかるのだろうと気に留めませんでした。
20分ほど経過して、さすがにおかしいと思ってトイレに行って声をかけても反応がなかった。慌てて扉をこじ開けると、妻が心臓を押さえて前のめりに倒れていました」
病院に救急搬送された妻は急性心筋梗塞と診断された。幸いにして一命は取り留めたが、いまも胸の痛みなどの後遺症に悩まされている。
排尿すると血圧が一気に下がる
新潟大学名誉教授の岡田正彦さんが言う。
「トイレ内では血流が急変するリスクがあります。それが生じると心臓や脳などに大きな負担がかかるのです」
その主な要因は「血圧の変化」である。排尿をがまんしていると、膀胱に尿がたまるとともに血圧が上昇する。その状態で排尿すると血圧が一気に下がり、上下変動の値は70~80mmHgに達するとされる。血圧が一気に下がると血流が減って脳に血が行き渡らず、ふらついて転倒するリスクが増大する。
これから寒さが一段と厳しくなると、60代男性の妻のようにトイレに立つことが億劫になり、尿意をがまんしがちなだけに気をつけたい。
女性の大敵「便秘」にも注意が必要
「高齢になると便秘になる人が多く、1回の排便量が多くなりがちです。急に大量の便を出すと、それまで腸周辺の血管を圧迫していたものが急になくなり、空っぽのお腹が真空ポンプのように血液を腹部に集めるようになります。
そのため脳にいく血液が一時的に減って、ふらつきが生じます。それは『排便ショック』といわれ、血圧のコントロールがうまくいかなくなった高齢者に多い現象で、高齢者施設のスタッフはトイレを危険な場所と認識しています」(岡田さん)
便秘の人は「いきみ」にも用心したい。排便時にいきむことで体が緊張状態になり、血圧が30~70mmHgほど急上昇する。いきみにより血圧が200mmHgを超えると、血管がプツリと切れ、脳出血などを発症する危険性が高まる。立つ、しゃがむといったトイレ特有の行為にもリスクがある。
ナビタスクリニックの内科医・山本佳奈さんが指摘する。
「トイレで用を足す際、急に立ち上がったり急にしゃがみこんだりすると、血圧が上下します。特に和式便所は、立ち上がるときに血圧が急激に下がるので注意が必要です」
心疾患による突然死の約8%がトイレでの排便中に起きているとされる。特に寒い時期のトイレにはより危険が潜んでいるという―
「布団→トイレ」の温度差が危ない
「冬トイレ」のリスクが増す原因は「温度差」だ。山本さんはヒートショックに注意を促す。
「温度の変化によって血圧が急激に上下動して、心臓や脳血管に負荷がかかり、脳梗塞や心筋梗塞、大動脈解離や不整脈などを発症することをヒートショックと呼びます。特に冬場のトイレは、ほかの部屋との温度差が大きく、ヒートショックが起きやすいので警戒が必要です」
岡田さんは「古い家ほど要注意」と指摘する。
「古い家屋はトイレに暖房がないことが多く、リビングや寝室と比べてトイレの気温が低くなりがちです。さらに用を足すときにはスカートや下着を脱いで肌が冷気や便座に直接触れ、交感神経が反応して血圧が急上昇することでヒートショックを招きやすい」
冷たい便座にヒヤッ! が要注意
これからの季節、朝のトイレに行く際はさらなる用心が必要だ。
「温かい布団にくるまっている状態だとリラックスして血圧が低くなりますが、寒いトイレに入ると血管が収縮して血圧が一気に上昇します。また冷たい便座に座ってヒヤッとする場合も血圧が上がる可能性があります。そうした血圧の上下動が心臓や脳の負担となります」(山本さん)
前述の通り、尿や便のがまん、便秘、いきみなど、トイレはただでさえ血圧の変動が生じやすい。これに温度差が加わることでさらにリスクが増す。特に朝はその影響を受けやすいので要注意だ。もちろん、昼間でも安心はできない。暖房が効いた部屋から寒いトイレに行く場合は、特に気をつけたい。
教えてくれた人
岡田正彦さん/新潟大学名誉教授、山本佳奈さん/ナビタスクリニック・内科医
※女性セブン2022年1月6・13日号
https://josei7.com/