理想の睡眠時間は?日本人は寝不足、肥満や生活習慣病のリスクも
日本人は万年睡眠不足の傾向が強いというのをご存じだろうか。経済協力開発機構(OECD)が世界29か国を調査した結果、日本人の1日の平均睡眠時間は、最下位の韓国に次いで下から2番目。最も睡眠時間の長かった南アフリカより1時間30分も少なかったという結果が出ているほどである。
睡眠不足が心身に与える影響は大きく、最近は「睡眠負債」という言葉もよく耳にする。日々の睡眠時間の不足の積み重ねが、メタボや心身症の呼び水となり、健康状態を悪くさせる原因になっているというのだ。
下の図は、厚生労働省が発表した「平成27年 国民健康・栄養調査」による、20歳以上の日本人の平均睡眠時間の推移を表したものである。睡眠時間が6時間未満の割合は平成19年以降、明らかに増えているのがわかる。同調査によれば、睡眠時間6時間未満の人では、「日中、眠気を感じた」と回答している人が約45%もおり、本人も睡眠不足を実感しているというのが現状だ。
睡眠不足が体に悪いのはなんとなくわかってはいるものの、インターネットの普及で、深夜まで世界中の人とつながり、動画やゲームが楽しめる今、ついつい夜更かししてしまうと言う人も少なくないだろう。
そこで、近著「本当に怖いキラーストレス~頑張らない、あきらめる、空気を読まない」(PHP新書)が話題を呼んでいる、精神科医の茅野分(ちのぶん)先生に、睡眠と健康についてお話を伺った。
* * *
「眠気」は体を休ませろという脳からの指令
最も過酷な拷問は「眠らせないこと」というのをご存知でしょうか。小さな刺激を与え続け、眠らせないようにすると、1週間以内に人は亡くなってしまうのだそうです。マウスによる実験では、睡眠をとらせないと、脳の脳幹という部分に障害が現れ、体温調整などに異常をきたし、死んでしまうことが報告されています。
眠気が起きるのは、脳を休めるために脳自身が「眠ってくれ」と合図を出すからです。この指令があるからこそ、思考や行動を停止し、私たちの心身は休む態勢に入ることができます。
ところが、その指令に逆らって、目や耳からの刺激を受け続けたり、思考を繰り返したりしてしまうと、脳はあきらめて活動モードにスイッチを切り替え、心拍数や血圧を上げて、体を興奮状態にさせます。強い眠気が襲ってきても、一旦我慢して活動を続けると、眠気が飛んでしまうのはこのためです。
こうした状態を続けていると、いざ眠ろうとしてもなかなか寝つけなくなったり、自分では十分な睡眠時間を取ったつもりでも、十分に疲れが取れなかったりと、睡眠の質が悪くなってしまいます。
睡眠不足がメタボや生活習慣病の原因に!
こうした状態が続くと、脳も疲労し、神経回路に異常が発生します。その結果、記憶力が低下したり、判断能力が鈍ってきたりして、仕事や日常生活でミスを連発するようになってしまいます。
また、睡眠時間が短くなると、食欲を抑制する「レプチン」というホルモンの分泌が減少し、逆に食欲を高める「グレリン」というホルモンの分泌が上昇することがわかっています。寝不足の状態が二日続いただけでも、これらのホルモン分泌の影響によって食欲のコントロールが効かなくなり、食べ過ぎを起こすことになります。
そのため、慢性的な寝不足が続くと、糖尿病や心疾患などの生活習慣病にかかりやすくなってしまうのです。
極端なデータになりますが、厚生労働省の研究班による発表によりますと、自殺を試み、救命救急センターに運ばれた自殺未遂者を調査したところ、初めて自殺を試みた人の84%が睡眠不足を自覚しており、平均睡眠時間は4~6時間、就寝時間の平均は午前1時10分だったそうです。
こうした調査結果を踏まえても、睡眠時間を確保することが、肉体的にも精神的にも健康であるための基本になることがわかります。
最も寿命が長いのは7時間睡眠。長すぎる睡眠もNG
それでは、睡眠時間はどれくらいが適切かという話になりますが、「もっとも死亡率が低い睡眠時間は7時間である」という研究結果が明らかになっています。また、別の調査では、9時間以上の長すぎる睡眠が、心臓病や糖尿病の発生リスクを高めることが判明しています。
深夜のスマホが体内時計を狂わせる
睡眠時間の確保とともに、睡眠の質を高める工夫することも、健康のためには大切です。
昨今、パソコンやスマホから深夜まで離れられない人が多いと思うのですが、画面から発せられるブルーライトは、人の目で認識できる光の中で最も波長が短く、大変強いエネルギーを持っており、私たちの体内時計を狂わせる力があります。
この強い光刺激を網膜が受けると、「ガングリオンセル」という視細胞が光を感知し、脳の視床下部にある視交叉上核(しこうさじょうかく)と呼ばれる部分に情報を伝えます。体内時計を司る視交叉上核は、ブルーライトの光刺激を「朝の太陽に光」と勘違いして「メラトニン」の抑制を指示します。
睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が止まると、体は活動モードに入り、そして、14~15時間後、メラトニンの分泌が自動的に再開され眠くなるのです。
ですから、深夜までブルーライトの刺激を受けていると目が冴えてしまい、眠れなくなったり、眠っても深い睡眠に入れなくなったりします。また、眠ってから14時間後に急激な眠気に襲われ、日中の活動に悪影響を及ぼしてしまいます。
健康的な体と精神状態を維持するためにも、眠る2時間前にはスマホやパソコンの画面から離れて、静かな音楽を聴くなど、脳をリラックスさせることが大切です。テレビの液晶画面から発せられるブルーライトもパソコン同様の強さがありますから、DVD鑑賞なども控えるようにしてください。
取材/文:鹿住真弓
茅野 分(ちの ぶん)
銀座泰明クリニック院長。群馬大学医学部卒業後、同大学付属病院、前橋赤十字病院、佐久総合病院にて精神医療・身体医療、救急医療・地域医療等に従事。慶応大学病院精神神経科を経て、平成18年銀座泰明クリニックを開院。現在、医療法人社団泰明理事長。ビジネスパーソンのメンタルヘルスに精通し、特にうつ病、依存症、発達障害については多方面より取材を受けている。近著「本当に怖いキラーストレス~頑張らない、あきらめる、空気を読まない」がある。