『日本沈没―希望のひと―』好発進!日曜劇場の芸人出演史 空気階段から明石家さんままで
TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。10月10日、小栗旬主演『日本沈没―希望のひと―』がスタートし、ますます注目を集める日曜劇場の移り変わりを、ドラマと昭和史に詳しいライター・近藤正高さんが、今回は「お笑い芸人」起用の歴史を切り口に紐解きます。
『キングオブコント2021』優勝、空気階段も登場
10月10日に日曜劇場の新ドラマ『日本沈没―希望のひと―』がスタートした。小松左京の原作小説は50年近くも前(1973年刊行)の作品だが、今回のドラマは、急激な地殻変動により日本列島が沈没するという原作の設定に加え、いままさに進行中の地球温暖化など環境問題を反映させた内容になっている。ちょうど初回放送の直前には、米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎が地球温暖化の予測に関する研究により今年のノーベル物理学賞に選ばれ、さらに週末には首都圏に最大震度5強の地震が発生し、ドラマの世界に現実味を抱かせるできごとがあいついだ。
今回の『日本沈没』では、地震科学者の田所博士を日曜劇場常連の香川照之が演じるなど、キャスティングの面でも話題が多い。お笑い界からの出演も目立ち、第1回では、田所がネット配信番組で関東沈没の危機を訴えるそばにチョコレートプラネットの長田庄平がいたり、ワイドショーの司会者役でブラックマヨネーズの小杉竜一が出てきたりした。杏演じる週刊誌記者の上司である編集長役で伊集院光が登場したのにも驚かされた。
次回以降も、先日放送された『キングオブコント2021』で優勝を果たした空気階段から鈴木もぐらが居酒屋店主の役で登場するなど、芸人の出演が予告されている。なお、ドラマ公式のYouTubeチャンネルでは、鈴木が相方の水川かたまりとともに演じたコラボコントが公開中である。
さんま、タモリ、サンド富澤、マキタスポーツ、小藪千豊、今野浩喜
日曜劇場では、これまでにもお笑い芸人・タレントが何度となく起用されてきた。なかには明石家さんまのように主演まで務めたケースもある。『その気になるまで』(1996年)に続く日曜劇場2回目の主演作『ハタチの恋人』(2007年)では、さんまがかねてより好きだと公言してきた長澤まさみと共演も果たしている。さんまと並ぶ大物では、中居正広主演の『ATARU』(2012年)の最終話にはタモリがサプライズ出演して話題を呼んだ。
このほか、そのときごとに旬の芸人たちがドラマを彩ってきた。航空自衛隊を舞台とした『空飛ぶ広報室』(2013年)の最終話では、新垣結衣演じる主人公のテレビディレクターが東日本大震災の2年後にブルーインパルスの所属する宮城・松島基地を訪ね、サンドウィッチマンの富澤たけし演じる渉外室長から歓迎される。富澤は相方の伊達みきおとともに地元の宮城出身で、東日本大震災後には被災地の応援にも力を入れてきただけに、まさに適役だった。
電機メーカーの弱小野球部の再建を描いた『ルーズヴェルト・ゲーム』(2014年)では、メーカーの社員で野球部に発破をかける役回りをマキタスポーツが好演していた(テレビでは俳優としての活動が多いマキタだが、本来は芸人である)。同じく池井戸潤原作の作品では、『陸王』(2017年)で吉本新喜劇座長の小藪千豊が、ヒール役となる外資系のスポーツ用品メーカーの営業担当を演じていたのも記憶に残る。また、下町の町工場の奮闘を描く阿部寛主演の『下町ロケット』(2015年・2018年)では、シリーズを通して経理部係長の役で今野浩喜が出演し、派手な活躍こそないものの妙な存在感を示していた。
霜降りせいや、ハライチ澤部、03角田、アンジャ児嶋
今野は昨年の『テセウスの船』にも大量殺人事件の起こった村の住民の役で出演した。同作では、霜降り明星のせいやが迫真の演技を見せていたのが印象深い。さらに最終話のラストシーンでは、それまで子役が演じていた主人公の弟の成長した姿にハライチの澤部佑が扮したことが、あまりに唐突で、せいやとは別の意味で視聴者に衝撃を与えた。
お笑い界の勢力図を反映して、日曜劇場の“芸人枠”も大半を吉本興業の芸人が占めるなか、今野浩喜をはじめプロダクション人力舎所属のタレントの健闘が光る。昨年放送された『半沢直樹』第2シリーズでも、前半では東京03の角田晃広、後半ではアンジャッシュの児嶋一哉が、それぞれ証券会社社員、国会議員秘書の役で物語の展開において重要な役割を担った。
児嶋は日曜劇場では『ルーズヴェルト・ゲーム』と『小さな巨人』(2017年)に続く出演(ちなみに後者での役名は「大島」)で、以前からドラマ出演は多い。角田もここ数年、『半沢直樹』以外にも『いだてん~東京オリムピック噺~』や『大豆田とわ子と三人の元夫』など話題作にあいついで出演し、個性派俳優として注目されつつある。彼とトリオを組む飯塚悟志も豊本明長もドラマにはたびたび出演し、いずれも演技力は申し分ないのに、ここのところ角田が際立って注目されているのは興味深い。コントでの角田は、切羽詰まった状態に追い込まれ、焦ったり開き直ったりする役どころが目立つが、案外そのあたりも関係しているのかもしれない。
「キングオブコント2021」で確信した芸人の演技力
東京03などの活躍もあり、いまやコント芸は全体的にかなり高いレベルにある。そのことは先の「キングオブコント2021」を見てもあきらかだ。優勝した空気階段をはじめ、ファイナリストのコントの多くが明確なストーリーを持ち、もはや演劇の域に達しているといってもいい。
空気階段の1stステージでのコントは、SMクラブでプレイ中に火災に遭った客が、じつは消防員と警官だったという設定のもと、ビルの各階にいる人たちを避難させながら、2人が力を合わせて外に脱出するというストーリーで、何度も笑わせながらも、最後には不思議な感動すら覚えた。それだけ作品として完成されていたということだろう。また、1stステージで脱落したものの、ニッポンの社長のバッティングセンターを舞台にしたコントでは、ケツの演じる中年男が、飛んでくるボールを体でもろに受ける様子を、細かな動作で表現していたのが見事だった。
これらを見ていたら、日曜劇場をはじめドラマの世界でいま芸人が重宝される理由がわかってきたような気がする。テレビからレギュラーのコント番組がほぼなくなった現在、芸人たちがコントを演じる場はもっぱらライブだ。そこでは、シチュエーションを最低限のセットと衣装で仕立てなければならず、あとは芸人の力量で乗り切るしかない。そのなかで演技力が磨かれるのは当然だろう。
コントで演じられるシチュエーションも、日常のありふれた光景から、現実にはありえない状況まで幅広い。仮に同じぐらいの芸歴を持つコント芸人と本業の俳優がいたとして、いままでにこなした演じた役柄やシチュエーションの数をくらべれば、芸人のほうが圧倒的に上回るのではないか。そう考えると、芸人はさまざまな役に対応できるわけで、ドラマで重宝されるのも納得できる。
主演を張る芸人に期待!
バラエティだけでなくドラマでも芸人が活躍し、お笑いファンにとってはうれしい状況ではある。惜しむらくは、さんまやビートたけしのようにドラマで主演を張る芸人が、いまの中堅や若手からなかなか出てこないことだ。おそらく主演を務めるには、演技力だけでなく存在感も必要なのだろう。そのなかにあって、『ノーサイド・ゲーム』(2019年)で、劇団出身ながらテレビのバラエティでも活躍してきた大泉洋が主演を務めたことに一つの希望を感じる。今後、彼に続く存在が出てくることを期待したい。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。