認知症予防薬開発に向けて、日本最大級の健常者登録を目指す研究プロジェクトがスタート
厚生労働省が2014年度に発表した推計によれば、日本の認知症患者は約462万人で、右肩上がりで増え続けることが予想されている。2025年には700万人前後に達するとも言われている。これは65歳以上の高齢者の5人に1人という数字だ。
このたび“将来の認知症治療薬・予防薬の開発へー50~85歳の健常者2万人の登録を目指す、国内最大のオンライン研究への参加者募集プロジェクト”が始まった。認知症に対する研究を進め、治療や新薬を開発するには、認知症を発症していない一般の中高年のデータが必要という。そのために、東京大学の研究チームが中核となり、学会、全国の医療機関、製薬企業、諸外国とまさに産官学が手を組む形で大規模調査が行われることとなる。
軽度認知障害より前の段階がある
認知症を治したり予防したりできる、決定的な薬はまだ開発されていない。治療薬として広く処方されている『ドネペジル』も、症状を軽くするだけで、進行を止めることはできてはいない。認知症の6割以上を占めるアルツハイマー病では、早期治療が効果を上げることがわかっているが、必要なデータがまだまだ足りないとされている。
そこで、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の認知症研究開発事業として、東京大学大学院医学系研究科の岩坪威(いわつぼ・たけし)教授らが中心メンバーとなり、大規模な調査を行うこととなった。この調査で興味深いのは、すでに認知症が進行してしまった人ではなく、その前段階にある人を対象としていることだ。
認知症になるまでには段階がある。ここ最近注目されてきたのはMCI(軽度認知障害)と呼ばれる、認知症の一歩手前の状態。認知機能は低下しているが、認知症とは診断されないグレーゾーンだ。記憶中枢である脳の「海馬」周辺に変化が起こっているケースが多く、物忘れが多い「健忘型」のMCIでは、アルツハイマー病に進行する確率が高いという。
さらにその前段階に「プレクリニカル期」という認知症の状態があることがわかってきた。これは、認知機能はまったく正常に見えるが、血液検査などを行うと病変が見られるという状態。症状が表に現れないため、その段階で脳の神経細胞の変化を見る検査を受ける人は少なく、患者のデータは多くない。ただ、この段階なら薬によって根治できるのではと、研究グループでは考えている。
認知症の芽を超早期に見つけ有効な治療薬を開発するためには、膨大な情報が必要。今回の調査では「プレクリニカル期」とMCIの人を対象に、2万人以上のデータを集めるという。これは国内最大規模となる。そこで、インターネットを介して登録者の認知機能を評価するシステム(J-TRCウェブスタディ)を構築し、でサンプル収集に協力してくれる、50~85歳の男女を募ることとなった。
自分の認知機能を客観的に見られる
調査への参加を希望する人は、このプロジェクト「J-TRC(ジェイ・トラック)」のサイト(https://www.j-trc.org/ja/welcome)にアクセスし、ボランティア登録を行う(※)。登録方法はシンプルだ。メールアドレスを入れパスワードを決めたら、6項目の質問に答えていく。「アルツハイマー病または認知症と診断されていますか?」「糖尿病などはありますか?」など、ウェブ上で問診を受けるようなものと考えたらいい。その後、トランプの数字を短時間で覚えるなどの、記憶や思考力のテストに回答する。これが後々重要なデータとなってくるのだ。
※登録には諸条件がある。詳しくはサイトを参照。
希望者の回答をもとに将来の認知症リスクがあるかを検討し、調査に参加してもらう人が抽出される。対象となった人は、3か月ごとにJ-TRCの自分のページを開いて、同様のテストを行う。テスト結果ごとのデータをつなぎ合わせた折れ線グラフで表示されるため、自分でも変化を見ることができる。3か月に1度、インターネットを介してテストを受けるだけなので、生活上の負担はほとんどないだろう。
研究グループが積み重ねたデータを分析する中で、くわしく調べる必要があるとか、認知症治療の必要があると思われる人がいた場合、実際に来院してもらって検査を受けてもらい、新しく開発される治療薬の臨床試験をお願いすることもあるという。
この研究に参加することには3つのメリットがあると、岩坪教授は話す。
「1つはテストを継続することで、ご自身の状態を客観視できるようになること。2つ目は、条件が合う人は最新の治療薬や治療法を体験できること、そして人類の悲願である認知症治療薬の開発の一端に参加できることです」
日本が「認知症大国」にならないためにも、MCIやプレクリニカル期に認知症を強力に予防できる薬の開発に期待が高まる。
研究期間は2024年3月31日までが予定されている。
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