《20歳から母を20年以上介護し、現在は第2子を妊娠中》フリーアナウンサー・岩佐まりが語る“育児と介護のダブルケア”「離乳食と同時にとろみ食も作る」「おむつ交換もダブル」の壮絶な日々
若年性アルツハイマーの母親を20歳から介護してきたフリーアナウンサーの岩佐まりさん(42歳)。介護が壁となり結婚をあきらめかけた彼女が、20年ぶりに再会した同級生と選んだのは「交際0日婚」。現在は育児も加わり、壮絶なダブルケアの日々と、第2子出産への思いを聞いた。【全3回の第3回】
20年ぶりに再会した彼と、交際0日婚
――母親の物忘れが始まったのが、岩佐さんが20歳の頃。介護をする時間が増え、遊びの誘いを断るうちに友達が減り、出会いの場もなかった。これは結婚・出産願望のあった岩佐さんにとって問題だったそうですね。
岩佐さん:私よりも友達が気を遣ってくれて、よく合コンを企画してくれました。母がショートステイに行く日に合コンに参加したのですが、「介護」という言葉を聞いた途端に男性は引いてしまうので、うまくいきませんでした。
ある日、介護の講演会に呼ばれて大阪の企業に足を運び、そこで中学時代の同級生に再会したんです。実は、ちょっとお付き合いしてた人で。後から知ったのですが、彼は私の介護のブログをずっと読んでいて、講演会を提案したのも彼だったそうです。
彼から告白されましたが、私は東京で彼は大阪在住です。私には介護もあるので遠距離の交際はしたくない。でも、「結婚するならしましょう、大阪に行きますよ」と言ったら、「では結婚しましょう!」と、とんとん拍子に話が進みました(笑い)。20年ぶりに再会して、お付き合いもせず、交際0日婚となりました。
――交際0日婚の決め手は?
岩佐さん:彼は自分の母親を大事にしている人なんです。土日で仕事が休みの時に、母親を車でどこかに送ったり、買い物に付き合ったり、そういった家族サービスをすることが苦にならないようでした。
だから、この人だったら介護を理解してくれる、家事も嫌がらずに手伝ってくれるだろうなと思ったんです。とにかく私のことが誰よりも好きで、家庭的で、結婚を決意しました。
実際に、結婚してから夫は家事や介助を手伝ってくれました。車椅子を押したり、服を着替えさせてもらったりしました。私が介護関連の資格を取得した時に身につけた技を、全部夫に伝えて、夫はしっかり取り組んでくれました。今はオムツ交換でも、なんでもできます。立派なヘルパーですね。
母の「あなたがやりたいことをやってほしい」を胸に、第2子出産を決意
――現在、息子さんは2歳。妊娠がわかった時のお気持ちは?
岩佐さん:子供が欲しかったので、うれしかったです。介護と育児のダブルケアラーになることは重々承知の上で、それでも、産みたいと思えました。覚悟はしていましたけど、ダブルケアは思っていた以上に大変でした。妊娠中も介護するんですよ。自分の母体を守りながら介護をする大変さ。そして、無事に出産すると、新生児を抱えながら親の車椅子も押す大変さ。子供が小さすぎる時は、寝たきり状態の母親と、動けない2人を同時に見る大変さ。
自分でも、その頃をどう乗り切ったのか記憶がないんです。子供用の離乳食を作り始める時に、母のとろみ食も作るんです。どっちが離乳食なのかも分からないような状態になってきて。この作業も大変だったし、おむつ交換もダブルです。母の大きなおむつを替えた直後に、息子の小さなおむつを替える。そんな毎日でした。そして、赤ちゃんの泣き声がBGMです(苦笑)。
息子は2歳半になりましたが、やっと意思疎通ができるようになってきて、少し楽になりました。一人でおもちゃで遊んでくれるようになって、育児の半分は終わったな、くらいの達成感があります。
――そして今、2人目がお腹にいらっしゃる。いわゆる高齢出産に踏み切るんですね。
岩佐さん:自分の首をしめてますよね。でも、これは望んだことなんです。私は第2子が欲しかった。介護で手いっぱいだからと、介護を理由に第2子を諦めたら、きっと母が悲しむとも思いました。
母は50代で若年性アルツハイマー型の軽度認知障害だと判明しました。そのころ、「私が認知症になって、どうしようもなくなったら、姥捨山に捨てていいから。あなたはやりたいことをやりなさい」って言ってたんです。母は私が小さい頃から、「あなたがやりたいことをやってほしい」と言い続けていました。だからこそ第2子を望み、叶えることは、母の思いを守るためでもあるんです。
介護で、仕事や子育てや夢を諦めなくていい
岩佐さん:私は妊娠糖尿病と診断されているので、甘いものや炭水化物を摂りすぎたりしないようにしています。高齢出産で自分の体も心配だけれども、とにかく健康管理に気をつけるしかないですね。
――岩佐さんは書籍やブログで、介護について発信し続けています。その理由は?
岩佐さん:ありのままの介護、認知症の方が生きていく姿を見てもらいたいという思いからです。認知症に誤解がある気がするんです。認知症というと、記憶を失い、娘のことも分からなくなり徘徊する、というイメージを持たれがちです。でも実際は、ゆっくりと進行していく病気です。確かに最後は寝たきりになって動けなくなるかもしれませんが、こういうふうに何十年もかけて進行することを知ってもらいたくて発信しています。
それに、介護をしたからといって、自分の人生が犠牲になるのではなく、介護保険などを使って人に頼りながらやりくりすれば、介護と仕事、それに子育てだってできる時代になっています。自分の人生を歩んでいくことが大事だと思います。私の発信を通して、介護に対する安心材料になれたらいいなと思います。
今、介護をされている方に伝えたいのは、介護から離れる時間はとても大事だから、1人で抱え込まずに人を頼って、自分の人生をストップさせないでほしいということ。「あなたがやりたいことをやってほしい」という、私の母からのメッセージを皆さんに届けたいと思います。
◆フリーアナウンサー、社会福祉士・岩佐まり
いわさ・まり/1983年9月27日、大阪府生まれ。ケーブルテレビなどで司会・キャスターとして活躍。55歳で若年性アルツハイマー型認知症を発症した母を、20歳から20年以上介護。介護の日々を綴ったブログ『若年性アルツハイマーの母と生きる』は月間総アクセス数300万PVを超える人気ブログに。認知症ケアに関する講演を全国で実施。著書に『若年性アルツハイマーの母と生きる』(KADOKAWA)などがある。
取材・文/小山内麗香
