「認知症の母が真夏に弱った父に厚着をさせていた」高齢者の《夏の厚着・重ね着》問題と対策を社会福祉士が解説
連日猛暑が続いているが、暑さ厳しい夏に注意したいのが高齢者の衣服だ。社会福祉士の渋澤和世さんは、親の介護経験や介護施設などを訪問する中で、「暑い日でも、厚着や重ね着をしてしまう高齢者が多い」問題に向き合ってきた。高齢者が夏場に厚着や重ね着をする理由や背景を考察。その対策について解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
渋澤和世さん/在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
夏場の厚着・重ね着にご用心
8月は1年で最も平均気温が高い月です。日中の気温が35度以上になる日を猛暑日といいますが、これが多いのが8月の特徴で全国的に暑さが続きます。
私は午後に外に出ることが多い生活なのですが、直射日光や地面からの照り返し対策として夏も長袖を着用しています。
ゆとりのある薄手の長袖は、空気も流れるし皮膚を日陰状態にしてくれるので少し涼しく感じます。逆に肌を露出すると日差しが痛くてたまりません。中東などの暑い国の人が薄手の長袖を着用するのと同じ理論です。
この時期になると、「高齢者はどうして夏でも長袖や厚着なんですか?」と質問を受けることが多くなります。高齢のかたの中には、自分なりの考えや年齢による変化など様々な理由で夏でも長袖を着ているかたが目につきます。
ですが厚手の素材や重ね着、セーターなどの冬物は熱中症を引き起こすのではないかと心配になりますね。
今回は、高齢者が暑くても厚着をする理由とその対策について解説していきます。
高齢者が夏でも厚着をして困る!あるある事例
はじめに、私がこれまで見聞きした事例をご紹介いたします。
【1】在宅編
・毎日の生活に不安があり身体を温めると落ち着くとのことから、通年、冬用のセーターを着用している。洋服を着込むと安心すると話すかたも多い。
・裏起毛や裏ボアの下着や腹巻を巻いている。汗が気持ち悪いのかタオルを挟み込むこともある。
【2】デイサービス編
・長ズボンの下にステテコと下着2枚重ね着をしていたことが入浴時に判明した。本人は「私は寒がりだから」と繰り返し、その状態が通所するたび続く。
【3】特別養護老人ホーム編
・夏でもありったけの洋服を4~5枚重ね着をする。このようなかたを施設で見かけることも多く、中には”十二単さん”などのニックネームをつけられていることもある。
本人が着込んでしまうことも多いのですが、老々介護の場合、介護者が配偶者に沢山着せてしまうこともあります。
老々介護の現実「認知症の母が真夏なのに父に厚着をさせていた」
我が家の例ですが、お盆の帰省時に起こったできごとです。
体は元気だった認知症の母親が、認知症ではないものの歩行が困難になった父親の身の回りの世話をしていました。訪れた日は、日中なのに雨戸を閉めきっていて、父親は冬物の下着とパジャマを着せられ、おまけに掛布団が2枚と毛布が1枚かけられてしました。
父親は昔から身の回りのことなど家事全般は母親が担っていたこともあり、母に頼りっぱなしな生活だったことに加え、当時はかなり体力も落ちていました。
本当は”暑くて苦しい”のかもしれませんが、言われるがままなすがままの状態だったのです。私は「何やってるの!!」と驚き、呆れと怒りで大声をあげてしまいましたが、母は「お父さんが風邪をひいたら困るでしょ」と平然と言います。良かれと思ってのことで、悪気は全くないのです。
その光景を見てこれはかなりまずい状況であると感じ、その後の遠距離介護について考えるきっかけにもなりました。
また、知人の高齢の親は、夜寝る時に「寒い」といって、夏でも毛布をかぶって汗をかきながら寝ているといいます。6月下旬までホットカーペットやこたつを使用していたそうで、夏場でもエアコンはつけていても「暖房」の設定だったそうです。
高齢者が夏に厚着をする根本的な原因とは
高齢者が夏でも厚着をしてしまう理由ですが、原因は大きく3つ考えられます。
【1】身体的理由によるもの
身体機能面では、高齢になると体温調節機能や筋肉量の低下により、体温の調整がしにくくなっていることが考えられます。
また自律神経の働きの低下、認知症発症などで判断力が低下していることも一因です。食事も量を食べられなくなると摂取カロリーが減少して低栄養になることも、寒さを感じる原因になるといわれています。
【2】心理的な理由になるもの
衣類は外部の環境から身体を守る機能もありますが、精神を安定させる役割もあります。防寒もですが最近は刃物による事件も多くあります。厚着が「安心の象徴」になることもあるのです。
「冷えたら困るから」「外敵から身を守りたい」。そんな思いから、過剰に衣類を重ねてしまうこともあります。孤独で不安な状態だと、衣類で“防壁”する心理は、本人にとってはもっともな理由なのです。
【3】価値観の違いによるもの
高齢者から「夏が暑いのは当たり前だ」「昔はこれぐらいなら我慢していた」という言葉をよく聞きます。昔はエアコンが贅沢品だった頃の印象が残っているのでしょう。
また冷えは万病のもとという考えから、厚着をしてしまうかたもおられます。エアコンよりも窓を開けて風通しを良くする文化で育ち、我慢が美徳という価値観はなかなか変えるのが難しい場合もあります。
厚着のリスクと対策「一緒に服を買いに行こう」
夏のリスクと言えば、熱中症と脱水症です。近年問題視されている独居老人や高齢世帯の熱中症による死亡事故からも厚着や不適切な暖房使用、エアコンの不使用による大量発汗が原因なこともわかります。
ですが、加齢で体内の様々な機能が低下した高齢者は夏でも寒さを感じることもあります。
本当に何枚も着るほど身体が冷え切っているならまだしも、うっすら汗ばんでいる場合、厚着の理由は「寒いから」ではないことの方が多いでしょう。しかし、「寒い」と思い込んでいる人の洋服を無理に脱がせるわけにはいきませんし、そういうかたは家族が注意してもほとんど聞きません。
脱いでくれれば良いのですが、もし脱いでもらうことが困難であるようであれば、対策として熱がこもらない、薄手でゆったりとした衣類を一緒に買いに行ってみてはいかがでしょう。
服選びのポイントは「お気に入り」のコーディネートをしてあげること。上着やシャツ、色合いなども見ながらコーディネートしてみてください。
洗い替えができるよう、比較的リーズナブルなもので十分です。案外、自分で決めている枚数を着ていれば落ち着くかたも多いと思ます。夏場にセーターを着込んでしまうよりはいいと思います。
介護における困りごとは「100%の解決」を目指すと介護する側は疲弊してしまいます。
服を重ね着する習慣は変えられくても、「服の素材を変えてみて、同じ枚数を着込んでいても汗をかかないくらいになればいいだろう」くらいの発想の転換ができたら十分です。
いきなりではなく、少しずつでも解決に向けていければよいのではないでしょうか。もちろん、水分の補給は忘れずに。