倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.54「夫の髪」
倉田真由美さんの夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)が、闘病の末旅立ったのは今年の2月16日のこと。倉田さんは、最期のときまで夫に寄り添い続け、自宅で見送った。それから泣かない日は、まだ一日もないと語る倉田さんには、ある心残りがあるという。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
脳裏をよぎった「この髪とっておこうか」
もっと撮っておけばよかったなあと未だに後悔しているもの、夫の写真や動画はこれから先増えることはありません。現在あるものを大事に残して、見返すだけです。
そして二度と手に入らないもの、とっておかなかったことを悔やんでいるものもあります。夫の「髪の毛」です。
亡くなってからしばらくの間、夫はそのままうちのベッドにいました。身体中に氷を巻かれて冷たかったですが、直接触れ語りかけることができました。
まるで眠っているような顔の夫の頭を撫でながら、「この髪をとっておこうか」という考えが脳裏に浮かびました。年齢の割に白髪がほとんどなく、柔らかいのに腰のある綺麗な髪でした。生前も頭をマッサージしたり撫でたりして何度も何度も触れた髪です。匂いだって覚えています。
でも、最早痛みを感じないと分かっていても抜くのはかわいそうで、またせっかく整っているのに髪型が乱れてしまうのにも抵抗があり、そして何より私という人間は遺髪など必要とするタイプではないと自分で判断して断念しました。
まさか、自分がそういうものを頼りにしたくなるとは思っていなかったのです。
また触られたら夫を感じられたのに
でも、夫の気配が日々薄くなっていく家にいると、「やっぱり髪をもらっておけばよかった」と後悔の念が頭をよぎります。
何度も見て、触れているものだから。
写真や動画もそうですが、見ることで思い出がよりリアルに思い出されるんですよね。夫の一部、実際に私の記憶につながるもの、あの柔らかい毛をとっておけばよかった。ごめんねって言って抜かせてもらえばよかった。そしたらきっと何度も見返し、触れて夫を感じられるのに。
「迷ったらやる」は私の行動理念なのに、遺髪をとっておくことを迷った挙句しなかったのは、きっとずっと残る後悔の一つです。
倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」を最初から読む
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。