倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.25「夫が最期に食べたかったもの」
漫画家の倉田真由美さんは、すい臓がんで闘病を続けていた夫・叶井俊太郎さんが旅立ったのは2月16日のこと。お別れの日の前日、叶井さんに「買ってきて」と頼まれたものがあったという。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
旅立ちの日とその前日は二人だけの濃密な時間だった
夫がいなくなった日とその前日は、私にとって特に重く心に刻まれた日です。夫と私、二人だけの濃密な時間。あの時を思い出すと苦しくて、でも大切で、きっとすべてを言葉にして人に伝えることは一生できないと思います。
でも一部、夫らしいエピソードがあるので今回はそれを書きます。葬儀でも話した出来事で、私の後悔の一つにもなっていることです。
2月、夫が亡くなる前日の昼、格段体調も悪くなくいつもの座椅子に座った夫が言いました。
「昼はファミチキが食べたい」
夫の好物のひとつで、毎日通勤していた頃からよく食べていました。
「今日の昼、何食べたの?」「ファミチキとあんまん」
このやりとりを、夫が元気だった頃から何度もしたことがあります。その度に「栄養偏ってるなあ」と言いましたが、夫は常に私のそういった小言にはどこ吹く風でした。
「いいよ、買ってくるよ」
「いつもの週刊誌も今日が発売日だから買ってきて」
「いいよ」
「あと、最近老眼が進んだから今のより度が強いメガネも」
「了解」
夫と、その頃の日常になっていたやりとりをしました。夫が自転車に乗れなくなってからは私が夫の欲しいものを買いに行く係、1日2、3回はコンビニやスーパーなどを回っていました。
「ファミチキはタルタルソース入りのやつね」
夫が私に念を押しました。
「へえ、そんなのあるの」
「最近出たんだよ。食べたことないから食べてみたい」
わかった、と私は頷いて出掛けました。この日の前日、腹水を抜いた日の夜はマクドナルド、そしてファミチキ。やっぱり脂っこいもの、それもジャンクなものが好きなんだなあと苦笑いするしかありませんでした。
夫が食べたかったものは…
ところがこのタルタルソース入りファミチキ、発売されたばかりで人気なのか売り切れでした。仕方なく普通のファミチキを買い、あとは雑誌と老眼鏡を手に入れて帰宅しました。
「ファミチキ、タルタルソース入りなかったよ」
私が報告すると、「えー」と夫は残念そうでした。「また買いに行くよ。今日はこれ食べて」とファミチキを渡すと、夫は半分くらい食べてから、「もう食えない」と私に手渡しました。残りは私が食べました。
私はこの時ファミチキを食べたのが初めてで、「サクッとしておやつ感覚で食べられるね」というと、「うまいだろ」と夫はちょっと得意げに言いました。
でも、「また買いに行く」ことはありませんでした。私は夫にタルタルソース入りのファミチキを食べさせてあげることができませんでした。
まさか、翌日いなくなるなんて。ファミチキを食べるほど、新しい老眼鏡で雑誌を2冊読み上げるほど元気だったから、まだまだ大丈夫だと思ってしまっていました。
あの時、他店も回ればよかった、なんとか手に入れるべきだった。せっかく夫が食べたいと思ったものなのに、食べさせてあげられなかった。今も残る後悔の一つです。
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。
『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』
『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』